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発達障害を抱えた大学生が、自ら居場所を作るために

【この記事は、約9分で読めます】

友達や先輩との会話についていけない。
自分から話題をふっても、どこかちぐはぐで噛み合わない。
むしろ、失礼のないように話したつもりがかえって相手を激怒させてしまい、修復不能の関係に。
それなのにどうして、他の人はちょっかい出してもワイワイ盛り上がって仲良しこよしなんだろう?
理由が分からないまま、ツラい気持ちだけが積み重なっていく。
自分はこの大学に、もはや居場所がない…

この記事にたどり着いた方は、このような人には言えない何かしらの悩みを抱えている学生が多いと思います。
もし本当にそうした体験をされてきたのであれば、悲しいに他ならないでしょう。
事実冒頭で上げた例は、僕自身痛いほど味わってきました。

学生時代の僕は、ひどいものでした。
コミュニケーションは支離滅裂。
何人もの友人から縁も切られ、周りに敵を作り自殺未遂さえ犯しました。
しかし、そんな僕でも居場所を作ることで他人から認められ、自信を生ませました。
その一部は、4年生の時に奨学金取得で学内表彰という結果をもたらしました。

この記事では、なぜあなたが居場所をなくしているかの原因を深堀りするとともに、あなた自身で居場所を見つけ自分で人生を切り開く具体的方法を伝えます。
そしてこの記事をあなた自身だけでなく、あなたをサポートする親御さん・友達・先生など信頼できる方にもシェアしていただければ、嬉しいです。


1.居場所ができなくなる背景

①物事のつじつま合わせが苦手

学生という枠に限らず発達障害を抱えた方は総じて、「つじつま合わせ」が苦手な傾向にあります。
つじつま合わせをしようとしても、合わせるポイントが分からなかったりポイントがずれて相手から誤解されるケースがあります。
なぜなら、発達障害を抱えた方はつじつま合わせを判定する範囲が定型と異なる傾向があるからです。
言い換えれば、世渡り・処世術として上手に「その場しのぎの嘘」がつけないのです。

例えば、学生時代僕は次のような経験がありました。
好きなミュージシャンが一緒だとある人と意気投合し、僕はその人をお茶に誘いました。
ところが、本人はその時「そこまでそのミュージシャンが好きじゃないし、長く話せるか自信ないから今回は止めておく」と断られました。

これに対し、僕は矛盾を抱えました。
「何であの時同じミュージシャンが好きだと言ったのに、いざ誘おうとすると断るんだ!」と。
しかし今となっては、僕が「同じミュージシャンが好き=誘いにも来てくれるはず」という単純な論理で片付ける特性に問題があったと感じています。
こうした一部分だけを切り取ってのつじつま合わせは、発達障害がよく陥るポイントです。

定型は、発達障害の方よりもずっと広い範囲でのつじつま合わせに関心を持ち、なおかつ重要視しています。

たとえば、相手が抱えている常識とか慣習・他人への気持ちなどといった、形として現れない事情といったものです。
デートや合コンの誘いでも字義通りに相手の言葉を解釈する以上に「その人が好きか嫌いか」で判断し、嫌いなら断るという選択を取りたがります。
断られた相手も「ああ、コイツは今自分に興味ないんだな」という判断をしたと察して、それ以上は近づきません。
定型なら、誰しも思い当たる節があるでしょう(むしろ「無意識でそう判断してる」という表現が明確かもしれません)。

しかし、発達障害の方はそこまで全体を見通した上でのつじつま合わせに困難を伴います。
「相手は自分にそこまで興味がないから、退こう」という判断には至らないのです。
そのため、何とか誘おうと執拗に相手に近づこうとします。
度が過ぎればストーカーなのに、本人は気づけません。
だから、相手に嫌われるのです。
ところが発達障害の方はなぜ嫌われたのか分からず、距離を置かれる事実だけに着目して生き辛さを抱えてしまいます。

先ほどの事例でいうと相手は当時、まだ知り合ったばかりで僕が何者か知らなかったと思います。
そのため、いきなり2人でお茶は距離が近すぎて不安と判断し、断ったのでしょう。
ましてや相手は異性でした。
そりゃあ、敬遠されても無理はないですよね。

つじつま合わせのポイントを、はき違える。
このズレが、人付き合いでの居場所をなくしてしまっているのです。


②「心の理論」が理解できない

心の理論とは、他人の考えを推測したり意図や感情を理解する能力を指します。
そして発達障害の方は、この心の理論の獲得の遅れが原因で他人との関わりが苦手になってしまうといわれています。
なぜなら、彼らは会話の理解に必要な文脈(言外の意味)をうまく使えないからです。
これはコミュニケーションで伝え漏れを引き起こし、自分に向けて誤解や齟齬を抱えさせてしまいます。

例えば、こういう会話があるとしましょう。

Aさん(定型)「金曜、飲みに行かない?」
Bさん(定型)「あ〜、来週レポートの提出日なんだ」

この会話ではAさんがBさんを金曜飲み会に誘っていますが、Bさんは行けるかどうかについて答える代わりに、急に来週の予定を伝えています。
そしてAさんはBさんへの誘いに断られているのが、多くの人(定型)には明白です。
なぜだかお分かりでしょうか?

実際に、Bさんは言葉に出して金曜の予定を述べていません。
多くの人がBさんが飲み会を断っていると理解できるのは、2人の間で「来週までにレポートを提出しなければならない」という共通認識を持っているからです。

Bさんは「来週レポートの提出日だ」と伝えます。
それを聞いてAさんは「Bさんにとって金曜がレポートの取込中なら、金曜はそっちに集中しなきゃいけない。だから行けない」という推察を見越し、「金曜は行けない」理由を了承します。

このように定型発達者の会話とは、言葉をただ論理的に並べて使っているわけではありません。
言いかえれば、定型は発言の意図を字義通りの意味から共有している知識を参照しながら解釈しているのです。

ところが、これが発達障害の方なら次のような会話になるケースがあります。 

Aさん(定型)「金曜、飲みに行かない?」
Cさん(当事者)「(見たいテレビがあるし、一人で過ごしたいから)ごめん、金曜は行けない」

情報を過不足なく相手が間違えないように伝えなければならないと考えれば、Cさんの方が「正しく伝わる」回答でしょう。
さらに、Cさんは言葉では自分の都合を言わなくとも、真正面からAさんからの提案を断っています。

しかし、こういう会話を定型は嫌います。
たとえAさんが元々Cさんが決めた予定を知っても知っていなくても、です。
なぜなら、はっきり「金曜は行けない」と言われたことで自分の提案が断られた、メンツを傷つけられたと解釈するからです。
定型の方なら、顔には出さないまでも心の中では一瞬イラッとするでしょう。

このロジックは、発達障害の方にとっては目に見えないものを理解するようで、難しいスキルかもしれません。

それでも定型にとって「心の理論」というのは当たり前の能力で、かつ無意識に行っているため当事者にも同じ期待を求めてしまうのです。

これは定型が決して発達障害の方に意地悪をしているのではなく、生まれ備わってしまった本能。
悲しいがな、こうして心の理論が上手く扱えない人がつま弾きにされ、当事者の居場所をなくしてしまっているのです。

以上のように、言葉を用いた日常の意思疎通がうまくいくための条件は、次の3点に整理できます。

a.相手の言った内容の意図の推測ができている
b. 相手の言った内容の意図を推測するための前提を共有している
c. 相手と自分の間では前提が共有され、お互いの会話の意図を相手が推測する

 
言葉を字義通り捉えると同時に、相手の心情が読み取れない。
こうした連続もまた、当事者の居場所をなくしてしまっているのです。


2.自分で居場所を作る方法

①駆け込み寺を作る

1.居場所ができなくなる背景」で述べたように、当事者はつじつま合わせや心の理論の難しさが原因で日常会話につまづき、居場所をなくす理由を説明しました。
ではどうすれば良いのでしょう?

理想を言えば、当事者自らそう陥る傾向を自覚し「今のは〇〇という理解で合ってる?」と相手の言動を一回一回確認するのが望ましいでしょう。
ところが、現実はそう上手く進むものではありません。
相手によっては「どうしてわざわざ言う必要のないものまで言わせなきゃいけないんだ、面倒くせえ」と思われる場合もあり、かえって敬遠されてしまいます。

ならば、それ以外の方法で当事者の居場所を見つけ出せるのでしょうか?

結論、そうした可能性を作るために「自分は何を言ってもOK」という駆け込み寺を作ることです。
当事者会に参加する、カウンセラーを自分で探すのも良いでしょう。

ただそれ以上に効率的で学費もかからない方法を見つけるなら、学生相談室と仲良くなることです
なぜなら、学生相談室はあなたの学生生活を見るのに一番近い距離にあるからです。

学生相談室は学生生活上の困難を抱える学生に対して専門的な適応支援を行い、学生の心理社会的な成長・発達・回復を促進するのを使命としています。
これは、日本学生支援機構から発信している発達障害の定義からも明らかです。

学生相談室は、何もいじめを受けたとか死にたい気持ちになるほど追い込まれた場合に頼るものだけではありません。
むしろいじめや自殺を引き起こす前に予防し、当事者を守る役割の方が重要です。

担当の方はメンタルヘルスの知識を有しており、学生の様々な問題をともに考え、よりよい解決策を見つけ出すために援助をしてくれます。
1.居場所ができなくなる背景」で解説したつじつま合わせや心の理論への難しさを伝え、必要に応じたサポートをお願いしたいと相談してみましょう。

ちなみに僕の学生時代でも、学生相談室は存在していました。
しかし、当時は学生相談室に頼らなくても自力で生きていけるプライドが勝り、行く動機には至りませんでした。
診断の有無にかかわらず、もし自分の弱さに謙虚になって相談しておけば、少しはコミュニケーションが改善されただろうと後悔しているほどです。

あなたに協力してくれる大人によって自分をかじ取りできる存在が、あなたの身を守るのに必要です。

勇気をもって、学生相談室の扉を一度叩いてみませんか?


②勉強で抜きんでる

当たり前の話ですが、学生の本分は勉強です。
「勉強」と堅苦しく表現すると一見自分には無理だと敬遠しがちですが、実はあなたの居場所を確保してくれる心の拠り所でもあります。

なぜなら勉強は同じ作業の繰り返しで、あなたに対して何も文句を言わないからです。

さらに誰にも邪魔されず自分でゴールを決められるので、見通しも立てられます。
ルーティンワーク・見通しがあることによる安心感は、発達障害の方にとって大きな味方です。
これ以上扱いやすいものは、ないでしょう。

それでも「かったるいなあ」と思ったあなた。
ならば背筋を伸ばし、授業で取ったノートを3回音読してみましょう。

どうでしょう?
自然と勉強モードに入っていると思います。
これはイヤイヤ始めた掃除を、やってみたら集中しているのと同じ心理です。
しかも音読の間、自分のペースで進められましたよね?
まさか自分のコンディションを安定させるのが勉強だったなんて!
勉強マンセー!!

…と狂ったように勉強にマウントを取りましたが、なぜ僕が強く勉強を進めるかと言うと勉強が自分のお守り代わりになったからです。
自殺未遂を犯し友人から縁も切られたどうしようもない学生時代、僕は勉強ができれば少なくとも取り柄のあるヤツと周りが評価してくれると考えました。
それに高い学費を払っている親に対して、スネをかじったとはいえ勉強はできたという大義名分も果たせますしね(笑)

この辺りの詳細を知りたければ、過去別ペンネームで出版したこちらをお手に取ってみてください。

授業中は、毎回一番前に座りノートテイクに一心不乱。
授業終了後は電車の中でノートを見返し、書かれた内容を口パク。
帰宅後はノートを改めて製本してまとめ、理解できるまで音読を繰り返す。
周りからは「異常」「やり過ぎだ」と心配もされました。
それでも、日常会話で煙たがられるよりかはガリ勉の方がよっぽどマシだと吹っ切れて、休日も図書館で勉強していたものでした。

テスト前に「ノート貸してくれ」というサボり癖のある輩もいましたが、そういう人は貸すだけ貸してさっさとその場を離れました。
万が一相手が落ちたとしても、責任は自分ではなく毎回授業を受けなかった相手なのですから。

中には「お前のノートのせいで落ちたじゃねえか!」と責めたてるろくでなしもいました。
けれども「だってあなた普段授業出てなかったですよね?」と言い返したら、相手はぐうの音も出ませんでしたね。

勉強に精を出した結果、僕は大学4年次で奨学金(諭吉20枚)を取得し学内で表彰されました。
欲を言えば「あと1年早ければ堂々と履歴書に記入できたのになあ」と思いましたが、表彰状を渡された時は思わず雄たけびをあげてガッツポーズ(当然周りはしらけてましたが)。
しかしこの時、努力すれば必ず人は見てくれるし評価されるという成功体験を得たのは、僕にとって人生の大きな収穫でした。

当時仲の良かった先生からは、次のように言われました。
「素晴らしい…これはぜひとも額縁に飾って、生涯の家宝としてください。大学時代に汗水たらして得た経験は、社会人になっても必ずどこかで役に立ちます。これを勲章ととらえ、自分に誇りを持ってください」

自分から苦労を買って、成功体験を得る。
勉強は、自分ひとりの力でそれを実現できます。

繰り返しますが、学生の本分は勉強です。

勉強ができれば、少なくとも学生として「世の中から求められるべき役割は果たせる」というステータスを満たせるのです。


③得意分野で認められる場所を見つける

対面の人付き合いは苦手だけど、一人でできる環境なら頑張れる。
そう考えた時、あなたの好きなことや得意分野で認められるのはあなたの居場所づくりに重要です。
なぜなら、得意分野であなた自身の表現が認められることが、自信につながるからです。

僕は、元々ラジオを聴くのが好きでした。
中でもNACK5の「ファンキーフライデー」という番組は、学生時代から20年間毎週聴き続けている筋金入りのファンフラリスナーです。
(僕のファンフラ愛は話すと長くなるので、別の機会に記事します 笑)


学生時代からしょっちゅう番組に投稿しては、読まれた後に郵送されるステッカーやTシャツを何枚もいただいてます。
公共の電波を通じて読まれた時は素直に嬉しいですし、番組からツッコまれると「やったあ、今週もウケてくれた!」と意気高揚となるものです。

ラジオの投稿に、日常会話でいうつじつま合わせや心の理論はほとんど必要ありません。
思いついたまま・思うがままに自分を表現でき、認められる。
ファンフラは僕に自己表現による承認という、居場所を与えてくれました。

自分の好きなもの・得意なもので、世の中に発信して賞賛される。
あなた自身で自信を手に入れるために、ぜひとも検討してみませんか?


おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

僕は、学生生活は友達先輩との付き合いだけに居場所を求める必要はないと思います。
無理に多くの友達と価値観を合わせて窮屈な思いをするならば、ウマが合う人や場所を1つでも見つけた方が、よほど充実すると考えます。

大学は、社会人になるまでのモラトリアム期間とよく言います。
その中で僕は、大学生活は今後30年以上社会人として生きるために自分自身を客観的に見直すための準備期間だと考えています。

自分にできること・できないことを見極め、できることに集中して取り組み、自信を得てください。

そうした自己分析は、必ず社会人になってから役に立ちます。
勉強はまさにその例で、知識や理解の習得もさながら「目の前の課題に集中して取り組む」重要性を教えてくれます。
これは仕事で「与えられた課題を期日までに完成する」のと同じです。

学生生活の間で就活で困らないためには、過去公開したこちらの記事もご参照ください。


この記事によって、あなたが対人関係で不利な状況に追い込まれることなくあなた自身で居場所を見つけ、社会で羽ばたく下地が作れるきっかけとなりますように。


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坂巻菱生 | 発達障害(ASD)成人当事者
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