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潤うことよりすさまないこと

パリとの日本の時差は7時間。
五輪をみるにはなんとも絶妙な時差だ。
連日寝不足の人も多いのではないだろうか。

わたしも一昨日は卓球女子団体の準々決勝に見入ってしまい、就寝が深い時間となってしまった。
…まあ、いつものことだけれど。

アスリートたちの人間離れした身体能力、卓越した技術、五輪に出場するまでのストーリー、白熱した試合はわたしたちに感動を与えてくれる。
「わたしも明日からがんばろう」と励みにもなる。

一方でその時分にはもう翌日の寝坊がほぼ確定しており、「ああまた夜更かししちゃったよ、今日は早く床につくつもりだったのに」と軽い罪悪感、後悔の念、自責の念でちょっとうなだれる。

∽∽∽

会社員とフリーランス、オフィスワークとリモートワーク、すべて経験したうえで思う。
フリーランス×リモートワークの今がいちばん、自律を求められる。

遅くまで五輪をみようが、それでいて寝坊しようが、誰にもなにも咎められやしない。
ノルマもないし、たとえ目標を達成できずともガン詰めしてくる上司や先輩もいない。
自分のしたこと、しなかったことはすべて自分に返ってくる。
ただそれだけ。

怒られる・詰められるなどの「痛み」もなければ、認められる・褒められるなどの「報酬」もない。

自分で自分にアメとムチを与え、自分のご機嫌をとっていくしかない。

∽∽∽

そういう毎日のなかでは、日々の潤いよりも「荒まないこと」のほうがだいじだと思うようになった。

お肌もそうだ。
お肌にハリと潤いがあればとてつもなく上機嫌になれるだろう。
でもハリと潤いがないからといってひどく落ち込みはしない(わたしは)。
それより吹き出物や乾燥によるザラつき、むくみが出ると気持ちは下がる。

生活においても、まず荒んでいないこと。
潤いを求めるのはその次ではないかと。

人間の心が荒んでいく原因はさまざまだろうが、「有言不実行」も含まれると思う。
夏までにやせたいからお菓子を控えよう
もっと仕事できるようになりたいから勉強しよう
Netflixで映画を観たいから◯時までに仕事を終わらせよう

声高らかに誰かに宣言しなくとも、心のなかで1日1回はこうした宣言がなされているはずだ。
1日、2日さぼった程度なら「明日はがんばろう」とのん気に構えてもいられるが、3日、4日、1週間とできない日が増えるほど、そして諦めきれないほど、自分を責めて自分の心は荒んでいく。

簡単に諦められるならそれはそれで問題ない。
でも欲求と現実のあいだは行動でしかうめられないし、欲を諦めるなどなかなか簡単でない。とはいえ必要な行動はおそらく我慢が必要だとか、シンプルに面倒、思ったより大変だからたちが悪い。

100%楽しめる行動ならそれ自体が欲求なわけだし、わざわざ宣言せずとも自ずと体が動いているはずで葛藤も自律も要らないもの。

やせるために「お菓子の我慢」が必要な行動なら、お菓子を控えつづければ理想の体が手に入って心が潤うだろうし、たまの「お菓子を食べてもよい日」も心の潤いになるだろう。

でも我慢できずついついお菓子に手が伸びる日が続けば、理想の体も手に入らない。お菓子を食べて一瞬心が潤ったとしてもその後罪悪感に苛まれる。
もしもダイエットを諦めて捨て鉢になれば、やせるどころか太るおそれもある。増えた体重をみて、また自分を責める。

潤わないことよりも、荒むことのほうがしんどいと思う。
現にわたしは有言不実行がすぎてだいぶ気持ちが落ちている。

もちろん荒まないためには葛藤と自律の繰り返しで、容易ではないのもわかっている。けれど、こんな気分を何度も味わいたくないし、自分を責めている時間ももったいない。

だから、明日からまたがんばりませんか。
わたしはちょっとがんばってみます。
潤わなくていい。荒まないために。



今日も読んでくれてありがとうございます。
あなたが明日からがんばりたいことはなんですか?

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