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『少年に勇気を与えた本』

■ 体罰を受けた少年  
 子どもが学校で体罰を受けて、不登校になっている、という相談を両親から受けた。子どもは中学2年生。
 話を聞いてみると、部活の担当教員がちょっとした勘違いから、中学2年生の男子を叱ろうと、制服をつかんで投げ飛ばした、というものだった。教育目的などもなく、単なる暴力に過ぎない。両親が怒るのももっともだと思った。
 ただ、まだ中学2年生。卒業まで1年以上ある。学校と揉めれば揉めれるほど、学校には戻りにくくなるという悪循環となる可能性もある。
 「まず、本人の話をきかせてもらえませんか?」。
 その男の子の本心はどこにあるのか、知りたくなり、そう切り出した。

■ 少年を勇気づける
 数日後、両親が少年本人を連れて、事務所にやってきた。
 「ちょっと2人で話をしたいので、席をはずしてもらっていいですか」と両親にいうと、一瞬躊躇した様子をみせたが、素直に応じてくれた。
 「君がこれからどうしたいのか。本心を聞かせてほしい」
 時間をかけて、そんな話をした。
 教育委員会には内容証明を送るし、暴行罪で刑事告訴することもできる。しかし、そんなことはある意味、どうでもいいのだ。問題は、これからどう生きるかだ。
 「その先生に会いたくないから、学校に行けないなんて、もったいない。勘違いして、暴力を振るうような人に人生を左右されてはいけない」
「今、君にとってこの出来事は、大きなシミのように思えるかもしれないが、もし、君が今より成長して、大きくなっていけば、今回の事件なんて、小さな点くらいになると思う。」
「もし、その先生を見返したい、という気持ちがあるなら、逆に、勉強を頑張ってみないか」
 そんな言葉を少年に投げかけた。

■ 本の差入れ
 その後、両親との打ち合わせの際に、封筒を渡した。なかには、少年に読んでほしい本を入れておいた。ひとつは、とにかく気合が入る本、もうひとつはとにかく勉強がしたくなる本。
 僕が中学生のころに読んでいた本だから、古いものだが、これが効くのだ。ただし、その効果は、中学生男子限定かもしれないが。
 こういうとき、渡し方にも注意が必要だ。おそらく普通に本を両親に渡すと、親は「弁護士の先生からもらった本だから、ちゃんと読んで、御礼をいうのよ」といってしまい、かえって本人の読む気をそいでしまうことになるだろう。
 だから、あえて封筒に手紙と一緒に本を入れ、厳重に封をした。
 「これは、勉強のできなかったぼくが、中学2年生のころに読んで、勉強をやる気になった本です。きっと君にも役に立つと思うので、君に送ります」と手紙には書き添えた。

■ その後の少年
 2週間ほどしたあと、事務所にぼく宛てに電話があった。慌てたしゃべりで、何を言っているか、よくわからない、と事務員が困っている。電話をかわると、あの中学2年生の少年だった。
 中学生が弁護士の事務所に電話をするのは緊張するのだろう。早口で、聞き取りにくかったが、要するに「あの本、すごくいいです!頑張る気になれました!」ということを伝えたかったみたいだった。ちゃんと、読んで、なにかを感じてくれたのなら、良かったと思った。
 1年ほどして、また、少年から電話をもらった。このときは、前と比べると、ずいぶんと落ち着いた声だった。
 「高校合格しました。先生にもらった本のおかげで頑張れました」。少年はそう言ってくれた。
 高校の名前を聞くと、相談に来たときの少年では合格できないくらいの進学校だった。きっと、本当に頑張った成果だろう。やはり、あの本はいまでも効くんだな、と思いつつ、少年の成長を喜んだ。

■ さらにその後
 3年ほど経過したころ、ひさびさに少年のお母さんから連絡があった。
 「先生のおかげで、今度、高校を卒業できるまでになりました。本人があいさつに行きたい、といっているので、来週の金曜日、お時間をいただけますか?」
 そうか、あの少年も、もう卒業か。不登校だった少年が、進学校に進み、無事、卒業を迎えられる。春の陽気がまぶしく感じた。
 翌週、卒業式を終えたばかりという少年が高校の学生服姿で、事務所に来てくれた。
「いま、卒業式を終えてきました。本当にありがとうございます。」
 と少年は笑顔で報告してくれた。
「あのころのぼくは、どん底の暗闇にいました。そのとき、先生がぼくに本をくれたじゃないですか。そのとき、こう思ってたんです。なんで、こんな僕なんかのために、赤の他人がここまでしてくれるんだろうって。今は、思います。ぼくは出あいに恵まれているなって。先生に会えてよかったです」
 そのときの少年は、自己評価が相当低下していたのだろう。古い本を差し入れるだけの行為が、そこまで少年のこころに響くこともあるのだ、と改めて感じた。
 4月からは、地元の有名大学に通うという少年に対し、ぼくは、本を2冊、手渡した。
 ひとつは、大学での勉強の仕方を書いた古典的な本。もう一つは、大学生活や生き方について、考えてもらえるような本。どちらも、ぼくが大学生のときに、読んでいた古い本だった。
 少年は、その古い本を大切そうに手に取りながら、大学生活でも、頑張り続けることを約束して、事務所を後にした。これからの少年の成長が楽しみだ。

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