私が西加奈子に出会うまで①


15年程前に職場の同僚、さっちゃんに西加奈子の本を勧められてから、すっかりファンとなり、彼女のホームページは毎度チェックし、新刊が出る度に胸を躍らせて、本屋へ向かう日常である。(過去記事参照)


カナダへ家族で移住されるまで、テレビ出演やラジオ、雑誌のインタビューなど比較的西さんを知れる媒体は多く、痛快なトークに西さん、元気そうやなあ、と思っていた。
しかし移住後、メディアへの露出は減り、近況を知れるのは自身のHPくらい。西さんはSNSを利用していないし、カナダでどのような生活をされてるかなど、ただの一ファンとしては知る由もない。
でも逆に、気軽に情報が流れてゆくこのご時世で、西さんのスタンスは潔いと思えた。
カナダライフをインスタで投稿する西さんは絶対に想像できないし、生活の喜怒哀楽をツイッターで呟く姿もありそうで、ない。
だからこそ、情報社会と距離を置きつつ海外でのんびりと過ごす西さんの姿は容易に想像できた。

一方、情報社会にどっぷり浸かってる私は、ある日ネットで西さんの新刊と近況を知ることになる。
それは急に飛び込んできて、胸にぐさりと突き刺さった。

「カナダでがんになった」

新刊は自身初となる、がんの闘病を綴ったノンフィクション作品。
その事実を知って、読む前から、しばらく憂鬱な気分になった。
居ても立っても居られなくなり、さっちゃんにLINEする。

「西加奈子、がんやってんて!新刊出るらしいで」

「そうなん!知らんかった!」と、さっちゃんから連絡が入る。

15年前、私に西さんを紹介してくれたファンのさっちゃんより、西さんの情報をいち早く知ってしまっている自分に少し笑えた。

しばらく、がんについて、生死について、ずんと重たいものが心を占領して、それと同時に数十年前の出来事が思い出された。

あれは就学前くらいの頃、母と汽車(当時そう呼んでいた)に乗車していた。田舎のローカル線なので、乗客はまばらだ。
とても気候が良かった時期だったと思う。窓が開放され、一気に風が通り抜ける。その時に、母が「あらー」だか「いや〜〜〜」だか声を出して、必死で頭を押さえ出した。
よく見ると、手で押さえていない部分の髪の毛が、パカパカと上下している。
お母さん、ヅラやん!
ヅラを必死で押さえながら、母は大笑いしていた。
その姿を見て、私も笑いながら、一緒にヅラを押さえた。

その前に母はしばらく入院していたし、久しぶりに母と二人だけで出かけること自体が嬉しかったし、それに、ヅラがパカパカ上下していたこと以上に、母が笑っていたから、私も笑えた。その当時、母がどんな想いで過ごしていたかも知らないし、ことの重大さを理解できる年頃ではなかったが、ただ母が元気に笑ってくれているだけで良いと思った。

ぽかぽかと春の陽だまりのように記憶に残り、何十年ぶりにそれを思い出させた。
数日後、久しぶりのテレビ出演で、西さんは大らかに、太陽のように笑っていた。
強い女性は、いつだって笑って、周囲を照らすのだと思った。

新刊が発売されるにあたって、サイン会が開催されると知った。
しかも、東京の他、大阪の梅田で!
梅田なら余裕で行ける距離やし、なんなら必ず会いに行かなければいけないと思った。
しかし、先着100名まで。その情報を知って直後ではなかったし、もしかしたら既に定員になってしまってるかもしれない。どきどきとしながら、サイン会場に電話をかける。
半ば諦めかけ、「西さんのサイン会予約したいんですけど・・もう定員でしょうか?」と控えめに聞くと、「確認しますので少々お待ちください」との応対。
内心、「申し訳ないですが、定員になりまして・・」と断られる覚悟でいた。
西さんは私の中で文学界のスーパースターで、世間はもちろん、芸能界にもたくさんファンがいらっしゃる。その方のサイン会である。
ブルーノマーズの来日公演や、三谷幸喜の公演チケットくらい、入手困難であると勝手に信じていた。

しばらくして、女性がとても軽やかな口調で、「サイン会、まだ大丈夫ですよ〜」
私はスマホ片手に一気にのけぞった。
大変嬉しいし、喜ぶべきことなのだが、少し複雑な気分だ。
「整理券番号は、29番です!」
29番目!
まだまだイケるやん!
ていうか、関西の西加奈子ファン、どないなってんねん!
速攻申し込まなあかんやろ!
数分で満員御礼のイメージ、見事に覆され、軽く西ファンに苛立った自分がいたが、すぐに冷静になり、気持ちを落ち着けようと努めた。
「当日の受付の際に、整理番号をおっしゃってくださいね」と言われた。
ええっと、整理番号は・・29番。ニク、肉!とても覚えやすい。メモすることなく、しっかりと脳内に番号を保管した。

こうして、サイン会への切符を手にし、十五年越しに西さん本人にお会いすることになったのである。

つづく




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たみい
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