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旅行記録 2023/08/06-屋代島

 翌日5時起床。気持ちの良い朝を迎えたが、両親はそうではなかったようだ。夜中に急激な腹痛に悩まされたという。おそらくは夕食に出た手のひら大の蒸牡蠣を食べ過ぎたせいだろう。
 朝食を摂りに部屋を出ると、他の部屋からも人が歩いてくる。夕食はかなり早い時間に食べたからか他の客とはかち合わなかったが、朝食はほぼ同じ時間に摂るようだ。
 今日は屋代島へレンタカーで向かい、伊保田の陸奥記念館を目指す。もとよりこれが今回の旅の最重要目的地であると言っても過言ではなく、吉村昭の「陸奥爆沈」を読んでから興味が持っていたところだ。
 そのため聖地巡礼のような志を持って文中にて登場する錦帯橋へ行き、シロヘビを見たのだが、この日になって陸奥爆沈を読み返しているとき失敗に気がついた。
 吉村昭はこの時、錦帯橋の下に立ってみると、規則正しく配置された木材と、その上を歩く人の足音を見て聞くことが出来る、などと書いているのだ。僕はすっかり忘れていた。折角昨日錦帯橋に行ったのに。あまりの酷暑の中そんなことは頭からすっぽり消え去って、昼前には行く気があったにもかかわらず、帰りには何も考えずに通り過ぎてしまった。
 そんなことをふとレンタカーを受け取りに向かう途中の列車で思い返していたが、もう後の祭りとすっぱり諦めた。
 柳井港駅で降りてレンタカーを借りに行く。当日は雨がぱらつき、傘をさそうと試みた。が、数十メートル先は海。海風によって傘はへしゃげ、畳むことを余儀なくされた。
 そうしてレンタカーを借りた後、目的地目指して出発。なにやら刀を掲げた怪しい像があったが注意してみることなく、そのまま通り過ぎる。使う機種も別、道も走ったことがない。少し間違えれば海へ転落。本当に大丈夫なのかと思ってしまうが、橋を渡りきることに成功した。
 その少し後から急カーブが続く。海沿いの道で岬が多いために起きているのだが、その岬の一つに灯台があった。けれども窓から見てみるとそれほど大きくない上に木々がおい茂って、果たしてこの灯台は役目を果たすことが出来るのだろうかと思わせてしまう。
 灯台といえば、僕は「霧笛」という小説を思い出す。レイ・ブラッドベリの著作で、灯台の霧笛に呼応して恐竜がやってくるという話だ。もしも恐竜が出るというなら安全なところから見てみたい気もするが、この灯台では来るものといったって近くで沈んだ軍艦などの艦船しかないだろう。
 そのまま走って約1時間。サービスエリアへと到着した。昼食を摂りに向かう途中、100円玉が10枚ほど自動販売機のポケットに入っているのを見かけたが、何故か100円玉だけなのですこし怪しみ手を触れずに通り過ぎた。
 その後堤防沿いに歩く。長さ2,3cmはありそうなフナムシがあちこちに群集している。当初は気持ち悪いと感じたが、よく見てみると可愛いことに気がついた。
 顔は仕方がないとして、ダンゴムシのような甲羅と人が近づくと逃げ出す習性と、あのスピード。人間から逃げようとして穴に駆け込んだは良いものの、出られなくなってしまった個体を見ると心が和む。
 その後、堤防を越えて真宮島を目指したのだが、残念なことに干潮になっていないため―干潮であれば渡ることの出来る道が顕れる―引き返した。
 ここまで来れば、後はもう少し進むだけ。幾つかの岬をぐるりと回ると、陸奥記念館は見えてくる。
 館の横にある丘。そこから鋼鉄製の何か細長いものが突き出ているのが見えた。不思議に思って側にある階段を登ってみると、なんとあちこちに穴の開いた「陸奥」副砲や艦首であった。内部爆発の影響か水圧の影響なのかところどころに穴が開き、へしゃげている姿はどこか痛々しく感じさせる。
 案内板があったため、それに従い下へ降りて記念館へ入館した。外から見る分にはどこか荘厳な感じをさせる展示だったのだが、いざ展示室に一歩踏み入れた途端、重苦しさが押し寄せてきた。もはや荘厳さなど何処にも見当たらない。あちらこちらにある遺品。艦長の制服、陸奥幹部の遺筆などが綺麗に展示されている。ところどころ欠けた部分はあっても汚れなどは微塵もないのだが、それでも何故か「これは海底から引き上げられたものだ」、「これは陸上にあって、そのまま遺品として寄付されたものだ」などと判別できてしまう。


 それらを見終わった後には、戦時中陸奥の引き上げを試みたときに用いられたという潜水服がある。正直言ってこんなもので陸奥の側まで行けたとは到底思えない。こんなもので水深数十メートルの海底に行ったということに驚いた。昔の海軍軍人は、皆優秀だったんだろう。遺品にしても娘に宛てた手紙に「数学はよく出来ています。国語が弱いのできっちり勉強しなさい。怠けていては立派な大人になれません」などの言葉が見られる。あちこちにある成績表なども甲と乙しかないもので、一般兵に対する勲章などもそこら中にある。さすがは大戦艦「陸奥」。配属されるものは皆、きっと素行がよく真面目で優秀だったんだろう。
 その後海兵室のレプリカなどを覗きながら館を出た。レンタカーの返却期限は着実に迫ってきている。何か記念品を買おうと思ったのだが「陸奥」それ自体に関するものがことのほか少ない。結局僕は茶碗とポストカード、母は手ぬぐいをそれぞれ記念に買った。

海兵室。吉村昭の「転覆」では兵員室というものがあったが、それは水雷艇の話。それよりも大型艦だからこそ、こんな2人部屋を一千数百名に用意できるのだろうか。

 そうして帰る。できれば島をぐるりと一周して帰りたかったのだが、かかる時間がわかっていないこと、ガソリンスタンドがあるかわからないことを原因にその案は退けられた。レンタカーであるため返却前に給油しなければならない。レンタカーを返すまでの道程とその周辺には、来るときに島内にて見かけた2店舗しかない。
 ぐるりと島を回ったとして、そこにガソリンスタンドがなければはるばる柳井や岩国―少し誇張が過ぎたかもしれない―にまで給油をするため出向かなければならない。その間にレンタカーの返却期限は切れてしまうだろう。それは避けたい。
 できれば南の方にある「シーボルト上陸地点」にまで行きたかったが、上の理由にてそれはできなかった。もともと今回の旅行のメインはここ。何故岩国市に拠点を構えたかというと、この島に温泉やら旅館やらといったものがなかったからである。正確にいえば、これらについてインターネット上にて調べたときよさげな場所がなかったのだ。ところが。帰りの道中車の外を見ているとよさげな場所を見つけた。ここは島だというのに車の数は少なく、部屋が空いているだろうとわかる。もうすでに旅館に泊まるのであれば来ているような時間だからだ。温泉などもあると看板にあり、敷地がどう見ても広い。ここでもよかったかもしれない、と思った。もちろん今回泊まった旅館はとてもいい空間だったのだが。これで場所が奥多摩ならば場合によっては窓を開け放ち、クーラーを止めて学習合宿を開催できるかもしれない。
 海峡を橋を渡って越える。一刻も早くレンタカーを返し、時間に余裕があれば柳井市の国木田独歩の旧宅へと向かう。これは存在を知らなかったため、道中島内サービスエリアにて貰ったパンフレットに記載されているのを見て初めて知った。
 ところが。そう上手く事が運ぶはずがない。橋を渡りきり、海沿いの道路に出た途端交通止めとなった。ここからでは前の車が邪魔で上手いこと見えないのだが、パトロールカーがいることからおそらく事故があったのだろう。救急車が通らないことからおそらく人命に影響はなかったのだろう。それは良いことなのだが、もし本当に何もなかったのであればさっさと道路を開けて欲しい。反対車線は好きに走ることが出来ているというのに、こちらの通行は止まってしまっている。ようやく動き出した車線の隙間から覗いてみると、ガードレールに突っ込んでいる一台の白い車が。とくにこれといった傷が車体になかったため、その気になれば簡単に車を再始動させることができるだろう。
 この事故は時間を取られたものの、重要なことを思い出すきっかけとなった。行きに見たあの刀を掲げている銅像。あの正体を突き止めなければ。チャンスは1回のみ。いつでも写真を撮れるようにしたいところだが、僕は助手席にいるため上手く写真が撮れない。そのため母に頼んで後列から撮ってもらった。何回か誤写はあったもののなんとか目的の像を撮ることが出来た。

「幕末勤王僧月性」とある。

 レンタカーを返した。道中アクシデントはあったものの幸いガソリンは満タンだったようだ。このガソリン、結局行き帰りで殆ど使わずガソリンスタンドにて請求された金額600円を叩き出した。何故かむなしくなってしまったが、このガソリンの減らないということが逆に良い方向へと転がったようだ。
 ところが、レンタカーを返した時間帯は微妙。この柳井港には電車が1時間に1本程度しか来ない。そして、この駅に冷房の効いた部屋なんてものは存在しない。
 しかたがない。フナムシを探しに港まで出たのだが、意外にも真宮島付近の堤防や陸奥記念館の柵まわりには大量にいたフナムシもここには一匹もいなかった。そういえば、全く海へ行かないことが原因なのだろうが、これまでにフナムシを見たという記憶が一つもない。そんな情報を総合した結果「あのフナムシは屋代島にしか生息していない」などと結論づけてしまったが、絶対にそんなはずはない。これは僕の思い違いだろう。
 電車がくるまでの残りの時間を柳井港フェリー発着所の待合室―冷房付き―にて過ごし、電車に乗って旅館まで戻った。1日しか滞在していないというのに、この旅館を家とまでは行かないが奥多摩珊瑚荘のように「別荘」と呼べるくらいになっているのには驚いた。ここはかなり過ごしやすかった。

2日目夕食の一部。

’今回持っていった本’
吉村昭「陸奥爆沈」
坂口安吾「堕落論」
泉鏡花「高野聖」
北林一光「ファントム・ピークス」

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