(小説)白い世界を見おろす深海魚 9章(悪徳ビジネスの遺産)
【概要】
2000年代前半の都心の片隅での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田(男性)は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎(女性)は、ライター職として活躍している。
長時間労働・業務過多・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人はグレーゾーンビジネスを展開する企業から広報誌を作成する依頼を受ける。
【前回までの話】
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・6章
・7章
・8章
9
「それでは、まず先ほどおっしゃった『マルチ』についておうかがいしたいと思います」
塩崎さんは咳払いをして、音声レコーダーに声が届くように少し大きな声を出して質問した。
「よく〝マルチ〟は〝ネズミ講〟といって、知人に商品を買わされた人が、さらに別の知人に商品を買わせる。こうしてネットワークが無限に広がっていくものだと思いがちですが……」
斎藤さんは所々えんぴつでメモ書きをしているA4の紙を見ていた。
「〝マルチ〟は〝マルチ・レベル・マーケティング〟というもので、アメリカで行われてきたビジネスなんです。日本では『助け合いシステム』、『親しき友の会』という悪徳団体がこのビジネス手法に目を付けました。彼らは会員である紹介者に送金をして、自分が会員になると新たに自分と同じように送金をしてくれそうな人を見つけ、会員になるよう促す。こうして無限にネットワークを広げていくものでした。当時は『寝ているだけでお金が入ってきます』という商売文句で、人々の欲望を刺激していました」
彼は肩をすくめて、しかめっ面をした。本当に迷惑な団体だった、とでもいうように。
「その結果、理性をなくした人たちは勧誘・紹介を繰り返していくことで被害者にもなり、加害者にもなってしまいました。実際には高い入会金を払っても、ほとんどが元が取れるほど会員を広めることができないんですよ。損をする人ばかり。中には人間関係の崩壊だけではなく、破産をする人も出てきました。国はこの事態に危機を感じて『無限連鎖講の防止に関する法律』を制定しました」
「なるほど、では、〝マルチ〟と〝ネズミ講〟は同じもので違法のビジネスとして扱われているのですね? 一種の社会悪でしょうか」
「そうですね。マルチとは消費者にとって必要がないもの買わせ、そして会員をさらに募るよう煽動させる悪徳商法です。マルチという呼称でネズミ講とは言葉が違うだけ。イメージを変えることで相手を騙すことが狙いだったんですよ」
そういって斎藤さんは人差し指をこめかみの部分に押しあてた。
「我々が行っているものは違います。〝ネットワークビジネス〟です。ここで注意していただきたいのが、マルチとネットワークビジネスを一緒にしないでください。我々の活動では会員に無理に当社の商品を買っていただく必要はありません。また知人に商品を売りつける必要もありません」
「では、会員に求められることは?」
塩崎さんはノートに走らせていたペンを止めた。
つづく
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#創作大賞2023
リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。