【日常で思うこと】カブトムシのしげる君
夏休みに入る頃、小学校1年生の息子がカブトムシを拾ってきた。
「学童の友達からもらった」といって、ぼくを見上げる。
その目は何かの決意と懇願の意思が感じられた。彼が両手に持った3/4ほど切り抜いた牛乳パックの底には、小さな黒く光沢のある殻を背負った生き物。
「これ、飼う」
虫嫌いな自分が恐れていた言葉が出てきた。予想はしていたけど…
すでに妻がホームセンターで飼育に必要なもの一式を購入して、カブトムシが生活するために必要な情報をネットで調べていた。
「ペットを飼うのは初めて?」と妻に訊くと
「大学の研究室で実験用のモルモットなら飼ったことある」と言われた。
それはペットではないと思う。
牛乳パックから土マットを敷いた真新しい虫かごに移動させる。
息子は飼うと言いながらも怖がって触れようとしなかったので、ぼくが数十年ぶりにカブトムシを掴む。スイカのような青臭さ、刺々しい足が指先に触れる。昔は平気だったが、大人になるにつれて虫に抵抗感を持つようになった。六本の足がバラバラに動く様子は想像するだけで鳥肌が立つ。
息子は、さっそく夏休みの宿題として出された絵日記にカブトムシについて書いていた。
「苗字は“かぶとむし”で、名前は“しげる”にする」と言う。
「なんで“しげる”なの?」
ぼくの質問に彼は、しばらく考えていたが自分でも分らないようだ。とくに意味もないのだと思う。
そんなわけで「かぶとむし しげる君」は、我が家のペットとして迎え入れられた。
最初は生きているのか判らないほど、動きがなかった。ジッと止まり木にしがみついて、たまに気が向いたように小さな口で、昆虫ゼリーをモシャモシャ食べる。
妻がいうには「しげる君は繊細でストレスと感じやすい性格」らしい。
たしかに、そんな気もしていた。
虫かごを掃除する際、手を入れると、怯えるように止まり木にしがみつく。無理やり引きはがすと指先を噛みつくように攻撃してくる。
臆病ものでエサや土マットを取り替えるのも一苦労だが、つぶらな瞳で懸命に生きている姿を見ていると愛着がわいてきた。
夜、家族が寝静まってからビール片手に彼の様子を覗く。
家に来た当初は触っただけでケガをさせてしまいそうなほど、細かった。
今では、身体も大きくなり、立派な角で虫かごを叩くようになった。当初よりも、よく食べるようになり、動くようになった。
家に来て1か月以上が経つ。
もうすぐ彼は寿命を迎え、息子は初めて“死”を目の当たりにする。
一匹の虫から命について考えるきっかけとなればいいけど、子どもはそんな都合よく物事を学んでくれない。
自分たちのエゴによって、一緒にいることとなった“しげる君”。
家族の夏の思い出のひとつになってくれたことに感謝している。