【架空文通】藤川さんのお手紙に対する返事(鬱>ハーブ>ユンケル>淫羊霍)
藤川さんへ
ヤッホーイ。
今日は夏日、晴れで暑いですね。なんで私はこんな照り返しがきついバス通りに面した揚げ物屋に張り付かされていて、うら若い女性の肢体がまぶしいビーチにいないのか、と、神の采配を心から呪っています。
天気予報はいつも見ていますが、梅雨が終わったという宣言は、あれ、出した?という感じですよね。地球温暖化で前例のない気象現象が多くなったせいで、お天気お姉さんも宣言というなにやら責任を取らされそうな雰囲気のものには怖がって近づきたくないのでしょうね。
貴殿が東京に引っ越してこられてから、少し経ちましたが、もう土地勘はつきましたでしょうか。
私の方は、コロナのせいですっかり籠らされて、前回のお手紙では、とうとう鬱にならされてしまった、と書きました。しかし、最近は元気です。と言いますのも、毎日、ユンケル黄帝液を飲むようになったからです。いや、勝負の時だけ飲むようなイメージのブツですが、平素に飲むと人生前向きになり、「もう俺なんかダメだぁ。」と部屋の隅に伏していたのが、気力が湧いてきて、「ちょっくら、手紙の返事でも書くか。」と机に這い上がれるようになるのですよ。
こうなるまでにいくつかの段階を踏んでいまして、これを書かずに返事を終えてしまうと、貴殿に「なぁんだ、存外、思慮の浅い単純な奴だな、こいつは。」と思われてしまうので、まあ、実際、そうなのですが、ちょっとそうじゃないんですよ、と先回りして、万里の長城のような予防線を張っておきますね。
二週間前、コロナで出かけられないことに加えて、梅雨で日光を浴びられないことで、すっかり鬱になってしまいました。え、なんで鬱って断言できるのかって、それは、過去に三回鬱病と診断されたことがあり、鬱がどんなのか知っているからです。
対策として、手っ取り早いのが、他者から生気をもらう事です。安寧に言えば、パワーをもらう事です。でも、人とはコロナで会えない。じゃ、動物か、いや、ペットは、業務上、飼うことができない。じゃ、どうする、植物か、そうだハーブを買ってきて、奴の力でヒーリングしてもらおう、それに伸びすぎた葉は食べてしまえば、より強力にヒーリングしてもらえるはずだ、こりゃ一石二鳥だ、我ながら名案じゃい、と閃いたんですよ。
思い立ったが吉日、二階から急な階段を駆け下り、自転車に飛び乗り、立ちこぎして、近所のスーパーに間借りしている花屋で急停車するや否や、「ハーブはどこじゃあ」「お前か」「お前か」と縦横に棚の苗達に眼くれし、結局、レモン系の香りがするバジルとミントを八鉢、自転車の前のかごに載せて帰ってきたんですよ。
で、「ささ、カモン香り」と香りを待っていても、全然、香ってこないので、うん、どした、とウェブで調べると、只置いてあるだけじゃだめで、接触しないと芳香しないという事が判明したので、葉っぱちゃんをこすってあげると、あーら、不思議、香りが立ってくるじゃありませんか。
そこで、閃いたのですが、手に付けて香りをかぐより、いっそ、バジルの森に顔を突っ込んで、左右に振って香りをつけた方が効率がいいのではないか、と。やってみると、自分のアイディアマンぶりに恐れおののきました。顔じゅうがレモンの香りだらけになり、真ん中に位置する鼻孔がその香りをブラックホールの如く吸い込むことになったのですよ。気分爽快、とはこのことで、いやあ、俺って凄いな、と薄ら笑いを浮かべて法悦に浸っていると、ふと、背後から視線を感じ、振り返ってみると店のスタッフが立って見ていたんですよね。
「それ、何の草ですか。」
「いや、これはハーブだよ、合法のだよ。」
「ハーブね。」
などとやりとりをして去ってもらったんですが、後で厨房に降りていくと、
「社長、脱法ハーブなんかダメじゃないですか。」
とみんなから言われて、人って、一旦思い込んだら、なかなか変えられないんだなぁ、と思った次第です。
そんなこんなで、ハーブちゃん達と、仲良くやっていたのですが、それから数日たったある日、観測史上最大の倦怠感が襲ってきまして、ハーブ坂の可憐な乙女達だと全く歯が立たないので、どうしたもんかと思案していたら、閃いたんですよ。それなら、ハーブの上級神であられる生薬を召喚しよう、と。漢方ですね。
で、またまたサンダルで立ちこぎして、駅前のドラッグストアに突っ込んで、「生薬、どこじゃあ」と出入りしたんですよ。そしたら、バイトの若いお兄さんが「生薬なら、ユンケルがいいかと。あちらの栄養ドリンクコーナーでござ」と言いかけているうちから、あちらに向かって疾走。棚の前に来るや、「ユンケルっつう奴はどいつじゃあ」と棚に並ぶ栄養ドリンク達に次々と眼をくれてやると、金の箱に入ったそいつがいたんですよ。
「わりゃ、ええ度胸しとんな、そんなけったいな箱に入っといて、ちょっと来いや。」と買い物かごに入れて、その場から去ろうとした時、そいつが 「僕でいいんですかねぇ。」と目配せしてきたんですよ。
え、と思って、棚を今一度見てみると、なんと、ユンケルっつうもんは親族が沢山いらして、十種類くらいあるんですよ。
かぁー、って思いましたね。と言うのも、普通の人なら、一番安い奴とか、おまけが付いている奴とかを買うのでしょうが、私は、ほら、生真面目だから、本来の目的に最適な奴を買わないと気が済まないたちなのですよ。これは腰を据えて比較衡量しないといかんな、とその場にしゃがみこんで、スマホで検索を始めたんですよ。自分の倦怠感の種類、生薬の薬効、そして最適解のユンケルがどれなのか、をですね。
結果、ユンケルロイヤルがミスインターナショナルに選ばれて、じゃ、君を連れて帰るね、って段階になって初めて値段を見たんです。七百円、税別。ちょっと考えましたね。と言うのも、これまでも栄養ドリンクの類は買ったことがあったのですが、チオビタとかリポDとかで百円程度だったのですよ。
うーん、本当に値段相当の物なのかなぁ、と、上流階級の世界を知らない下流階級の貧民みたいなことを考えてしまう訳ですよ。いくらなんでもチオビタ七本一気飲みとユンケル一本だったら、前者の方が効き目が強いだろうよ、とか。しかし、この考えは即座に却下されました。かつて、チオビタを三本一気飲みして、気分が悪くなったことがあったからです。量じゃない、質だ、という結論に至り、よし、買うぞ、となりました。
帰ってきて、早速飲んでみると、何という事でしょう、匠の手によって、倦怠感が霧が晴れるように消えていくではありませんか。いやー、さすが生薬、植物の力ってすごいなぁ、こんなことなら、もっと早くから飲んでおけばよかった、などと思ってしまうのでした。
とは言っても、毎日七百円って、いかがなものか、とけち臭い考えをふっきれずにいたところ、ファイナルアンサーが閃いたんですよ。そうだ、ユンケルの材料となる生薬を栽培しちゃえばいいんじゃね、って。
という事で、早速、金の箱に描かれている淫羊藿、インヨウカクという、ちょっとアレな名前の草を検索してみたんですよね。そしたら、普通にお花屋さんが通販していることが判明し、購入したんですよ。今、私の左横に美人秘書の如く控えてくれています。
葉っぱを食べてみたんですが、無味でした。効き目の方は、うーん、漢方なのでそのうち出てくると思います。
以上が、ユンケルを飲むに至った経緯です。
そうそう、三軒茶屋辺りで女子一人でしっとり呑むのに都合がいいお店はどこか、というご質問ですが、『えんじゃく』という池尻大橋駅の近くにあるお店が思い浮かびました。
またね。