カツマタくん

おばあちゃん、お元気ですか？
わたしは元気です。今日は家族全員で会いに来ました。そちらはどうですか？おじいちゃんとは会えましたか？それとも、学生さんの頃、出会った東京の方と会えましたか？ああ、これは2人だけの内緒でしたね。
おばあちゃんのことを考えるとおばあちゃんの家の2階でかもめの玉子を食べながら(おばあちゃんの選ぶ銘菓が好きでした)お話ししたこと、お父さんと一緒に新鹿島の施設に遊びに行ったこと、子どもの頃の夏祭りを思い出します。
子どもの頃、おばあちゃんの家の前の神社で夏になるとやっていたお祭り　
名前がびっしりと書かれたちょうちんがずらりと並んで、ぼんやりと赤い光で囲まれて、金平糖みたいに色とりどりの浴衣やジンベイ姿の子どもたち。
焼き鳥屋や金魚すくいなど、屋台があるといつもより、広く見えた神社
私はおもちゃのペンダントがほしくて、くじびきをお父さんにねだりました。おばあちゃんは浴衣姿で舞台の上、演歌を歌っていました。どうしてかその記憶は鮮明にあるのですが、3個下の妹には夏祭りの記憶はないみたいです。とってもたのしい時間だったと思うのだけれど。
30分間、お坊さんがお経を読む間、天国のおばあちゃんに向けた手紙のようなものを伝えようとしたけれど、15分を過ぎたあたりで伝えることはなくなった。ずっと瞑っていた目を開けて周りを見る。みんな手を合わせて目を瞑ってなむなむとしている、南無南無。外は夏の始まりを思わせるほど晴れていたのに、このお寺の中は湿気を多く含んで、ひっそりとしていて森の奥深くにいるよう。窓から少し日差しが入ってきて、仏花の鮮やかな花がより際立つ。
今日は、家族全員で川崎のお寺におばあちゃんの七回忌で来た。

久しぶりにJR川崎駅に降りて、わたしはカツマタくんのことを思い出した。
カツマタくん、わたしの恋人だった人。
カツマタくんとは横浜も吉祥寺も遊びに行ったけど、川崎で会うことが多かった。クラフトビールを飲んだり映画を見たり。
カツマタくんとは最終的に喧嘩のようなものをして疎遠になってしまったので、思い出してすぐスマートフォンで連絡先を探してみたけれど、何度探してもカツマタくんの連絡先は見つからなかった。SNSで探すことはできるかもしれないけれど、わたしは現在すべてのSNSを辞めていたから、カツマタくんを探すために始めるのはすこし違う気がした。
ただ、それからずっとずっと、一週間経っても、カツマタくんのことを考えてる。異常なまでに。
カツマタくんと付き合った頃、わたしは23歳でカツマタくんの他にもたのしいことがたくさんあって、カツマタくんに対して100%全力で向き合えていなかったと今では思う。友達の誘いがあれば優先したこともあるし、合コンも何度か行ったことがある。浮気はしてないけど、カツマタくんよりいい人がいればしていたかもしれない。
それでも、カツマタくんは優しかった。
その時、わたしは医療機器メーカーに勤めていて、急遽土日に京都行きの出張の予定が入っても、日曜日の夜に新横浜まで迎えにきてくれてすこしお酒を飲んだりした。カツマタくんは改札向こうでシャンパンを掲げてたこともある。
改札といえば、さよならをするとき、カツマタくんはいつもいつもわたしが見えなくなるまで手を振ってくれてた。
back numberのヒロインの歌詞を私の名前に変えて歩きながら歌ってくれたりもした。カツマタくんは、とても愉快な人だった。
夏の雨がものすごい夜、熱海に行った。2人とも仕事終わりで、熱海に着いたのは22時少し前だった。その時間に空いているお店は少なかったけれど、いい具合に昭和っぽいラーメン屋さんで2人でいちばんシンプルなラーメンを食べた。
次の日はくっきりと晴れたので、海の家(静岡県の海の家は神奈川県のそれと違って必要なものだけがあっていいと思う)で浮き輪を借りて、海で流された。浮き輪はわたしが常に身につけていてカツマタくんはわたしの浮き輪にぶら下がっていた。カツマタくんはまだ若いのにお腹やうでがぽよんとしてきて、カツマタくんのぽよんとした腕が乗ってる方の浮き輪は海に沈んでいた。
少し遅いお昼ご飯はお蕎麦屋さんで2人で天丼を頼んだ。カツマタくんはごま油のメーカーに勤めていたから『美味しい天ぷらはごま油で揚げるんだよ』と豆知識を披露していた。
夜は浜辺で花火を見た。花火を見ている間、カツマタくんは芸能人や動物のモノマネをしていた。
「なんでもやってあげるから、なんでもお題を出して。文句とか言わないから、本当に何でもやってあげる」
わたしはひたすらにお題を考えてその瞬間をスマートフォンで動画を撮りながら、笑っていた。
思い出してスマートフォンでその動画を探してみた。動画は見つかったけれど、保存日が遠すぎて一度ダウンロードをしないと再生ができない状態だった。すぐに連絡は取れない、すぐに動画の再生もできない。わたしは無償にカツマタくんに会いたい。