空港勤めの男の人
渋谷のスペイン坂のちかくのお店で食事をした。ラクレットチーズが有名なお店で、店員さんがチーズを持ってきた時に、写真撮らなくていいの?と聞かれた。
私は写真を撮るよりも、そのまったりとした濃いチーズが溶けてゆでたじゃがいもとかブロッコリーにかかる瞬間を自分の目で見たいと思ったのだ。けれど、彼がそういうから、一応写真を撮っておいた。
映えるねと、笑っていた。
その後私たちはグラスワイン2杯で気持ちよく酔い、渋谷の夜の街を歩いた。人がたくさんいたから離れないように手を繋いで走ったり歩いたりした。お店をでたのが10時少し過ぎだったのに、0時発終電の銀座線に乗り込んで日本橋に向かった。
日本橋に人が住める場所があると思わなかった。彼は日本橋に住んでいた。
あきからにマンションやアパートや住居らしくない建物、ビルやテナント、事務所のようなとこの5階が彼の部屋で、おじいさんの所有するビルなのだそう。
部屋の中はお香が炊いてあり、物が溢れていたけど汚い感じはしなかった。必要なものがちゃんとあるという感じ。
彼は次の日も朝から仕事なのでワイシャツのままベットに倒れた。わたしはシャワーを使っていいと言われたけど、お湯の出し方が分からなくてやめた。
朝4時の始発に2人で向かいホームで別れた。
たった数時間の逢瀬。
私は今まで彼のことを全く忘れていた。顔や名前はもちろん、全てを忘れていた。たしか空港のショップ勤めだった。
仕事で大手町へ行き、神田橋の交差点で信号待ちをしているとき、ふと思い出した。
その時までずっと、時が止まったように忘れていた。
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