【連載小説】トリプルムーン 4/39
赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。
世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?
青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)
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***第4話***
昼間の街は思った以上にざわついており、通りには小窓を一生懸命に覗きながら徘徊する烏合の衆で溢れ返っていた。
彼らは一様に方角を見失い、行く当てをなくして途方に暮れた渡り鳥のように見えた。そう言うといささか皮肉が強いかもしれないが、それぐらい周りの見えない連中が交差点やらアーケードやらを右往左往していた。
一昔前はもう少し落ち着きと節度のある上品な街だったのに、どうしてこんなに訳の分からない人間が増えてしまったんだろう。
時代なんてそんなに簡単に移り変わる必要もないだろうに。進化や変化はもっとゆっくりなくらいで丁度いいじゃないか。
そんな小言が頭の中でよぎると、自分もやはり順調に歳を取ってしまっているのかなと、嬉しくもない手応えを感じている自分がいた。
「時の流れに身をまかせられるほど、簡単には大人になれませんかね。」
少し気取った俺の独り言は、渡り鳥たちに無視されるように空の彼方と吸い込まれていった。
しばらく街を歩いていると、俺は目的の店に辿り着いた。
お目当ての園芸店は、ありがたいことに以前と変わらぬ様子で商店街の隅っこに佇んでいる。看板はやや剥げかけてはいるものの、切り花や鉢花など、カラフルな品揃えは全く色褪せてはいなかった。
「いらっしゃいませ。」
店主の中年女性が慣れた様子で接客の挨拶をしてきた。昔からここは、このおばちゃん一人で店を切り盛りしている。
決して広くはない、どちらかと言えば小ぢんまりとした店だが、おばちゃんのこだわりと植物への愛情が感じ取れるこの店は、俺の数少ないお気に入りの店の一つだ。
おばちゃんは、片手で咲き終わったペチュニアやハイビスカスの花がらを摘みながら、もう片方の手で器用に花や苗に水やりをしている。
無駄のない機敏なその動作は、どんな機械でも敵わないような熟練した職人技のように素早く的確な動きをしていた。
それでいて店内の雰囲気は落ち着きと品があり、少しもあくせくしていない穏やかな空気が流れていた。きっと植物に愛情を注ぐおばちゃんの人柄が、人当たりの良い素敵な店の雰囲気を醸しているのだろう。
俺は軽く頭を下げながら、ちょっと見させてくださいといった身振りで店の中へと入っていった。
店の表にはサルビアやキンギョソウなどの花苗が並んでいるが、中に入ると園芸用の冷蔵庫の中に色鮮やかな切り花やアレンジフラワーが並んでいた。
店の奥には俺の好きなサボテンや観葉植物など、少しマニアックな植物も置かれている。その豊富な品揃えはいつ見ても俺の心を喜ばせた。
よく見るとどの植物も細部まできちんと手を入れて管理してある様子も窺える。俺は感心しながら思わずうーむと唸り、おばちゃんに対して少なからぬ敬意を表せずにはいられなかった。
「極楽鳥花が咲いたのよ」
突然おばちゃんが後ろから声をかけてきた。俺は驚いて振り向くと、おばちゃんは綺麗なオレンジ色の花を咲かせた大きな観葉植物を見せてくれた。
「これはストレリチアって言う観葉植物なんだけど、こうやってオレンジ色のきれいな花を咲かせるのよ。」
「ストレリチア、、」
「そう、和名ではこれを極楽鳥花っていうのよ。昔の人はこれを見て極楽鳥って言うんだから、すごいセンスしてるわよね。」
確かにその鮮やかすぎるオレンジ色は、まるでこの世のものではない浮世離れした怪しい美しさを放っていた。見れば見るほどその色に吸い込まれてしまいそうな、不思議な魅力を放つ植物だった。
「へえー、こんな風にこのオレンジ色の花を咲かせるのって、手間とか管理とか大変だったんじゃないんですか?」
社交辞令風にそんな質問をおばちゃんに投げかけてみると、おばちゃんは嬉しそうに大きな身振りをしながら俺に一歩近づいてきた。
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