【連載小説】トリプルムーン 18/39
赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。
世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?
青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円)
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***第18話***
「うまっ。」
思わず感嘆の声を漏らし、手に掴んだサンドウィッチを二度見しながら、俺は続けざまにもう二口食べ進めた。
ここのサンドウィッチを食べるのは初めてだったが、これほど食べ応えがあって美味しいとは知らなかった。
なぜもっと早く出会わなかったのだろうかと、少なからぬ後悔を覚えるほどだった。
俺は予期せぬ御馳走にほくほくとした興奮を感じながらサンドウィッチを食べ進めた。
間に飲むコーヒーは、コク深いアロマとカフェインで俺の五感を過不足なく覚醒させてくれている。
サンドウィッチとコーヒーは、互いに自分の役目というものをしっかりわきまえているのだろう。
そこにはサッカー選手がアイコンタクトだけで絶妙なパスを繋ぐような、息の合った完璧なコンビネーションが感じられた。
俺はそこで、ふとテーブルの上にあるチョコレートドーナツと目が合った。空腹の俺を急かしたサンドウィッチに対して、チョコレートドーナツは誘うような目つきで俺のことを見つめていた。
それは俺の顔を見ているというより、ピンポイントで俺の唇や舌や歯を凝視しているようだった。
官能的ないやらしさをたっぷりと含んだ、とても熱い視線だ。
大人の悦びを知らないサンドウィッチ如きでいつまで満足しているの?早く私にかぶりつきなさいよ。
と、煽情的な視線で強く誘惑してきているようだった。もしかしたら世にはびこるチョコレートドーナツたちは、人類をエロスの海で溺れさせようとする悪魔の使いなのかもしれない。
アダムとイブに林檎を勧めた蛇のように。そう感じれば感じるほど、俺はチョコレートドーナツの誘惑に心が呑み込まれそうになる、背徳的な愉悦を感じ始めていた。
「お前なんか一口で食べてやるからな、楽しみに待ってろよ。」
俺は悪魔の使いに対してささやかな抵抗の言葉を口にしてみた。しかし、俺のか弱い挑発に対してチョコレートドーナツは自信たっぷりな笑みを浮かべ、その身にコーティングされたチョコレートをゆっくりと溶かしながら、うぶで純情な俺を誘惑し続けていた。
サンドウィッチを食べ、ドーナツとの甘い格闘を終えると、俺は勘定を済ませてコーヒーショップを後にすることにした。
外の暑さはいくぶん和らぎ、食後の散歩をするにはちょうどいい気温になっていた。
俺はなんとなく外をぶらつきたい気分だったので、ひとまず街外れの公園まで歩こうと思い、人混みを縫うようにしながら街のざわめきの中を歩き始めた。
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