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【連載小説】トリプルムーン 15/39

赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。

世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?

青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円) 

※第1話はこちら※


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***第15話***

 約束の時間までは、まだかなり時間があった。俺はせっかくの誕生日を家でぼんやり過ごすのも何だかもったいない気がして、とりあえず街へと出掛けることにした。

 街に出て特に用事があるわけではないが、何もない部屋でサボテンと二人きりで長時間を過ごすのはいささか酷というものだ。
 俺は普段通りのラフな服装に着替えると、履き潰したスニーカーに足を突っ込み、サボテンが日光浴を楽しむ六畳一間をあとにした。

 サボテンは俺に行ってらっしゃいと声をかけてくれた気がしたが、それに対して返事をしたらいいものか迷い、行ってきますと口にするのはやめておいた。

 快晴の空は日差しが強く、午前だというのに歩いていると汗ばむほどの陽気だった。
街行く人たちも、日傘を差したりハンカチで顔をパタパタと扇いだりしながら、季節外れの日差しとどうにか折り合いをつけようとしている。

 半袖やノースリーブの人が多かったが、中にはスーツにネクタイ姿のサラリーマンもいた。サラリーマンは想定外の気温に表情を歪めながら、渋い顔をして通りを歩いている。


「散歩するには少ししんどいかな。まあ、まだ時間も早いことだし、どこかでのんびり暇でもつぶすか。」


 そう思って当てもなく街中を歩いていると、俺はいつの間にか大通りの端まで来ていた。
 店が途切れてしまった通りの隅で、ふと路地裏の方に目を向けると、そこに小さな映画館があるのが目に留まった。

 古い映画館らしく、コンクリート製の建物には年季が入っており、外壁にはあちこちにヒビが入っている。
 西洋風の建築物を意識しているのか、柱や壁には蔦やイチジクの葉の装飾が施されていた。

 人通りの少ない街外れに佇む映画館は、まるで縁側で遠くを眺める老人のように、長い間ひっそりとその場に腰を据えているようだった。
 今までこんな所に映画館があるなんて気付きもしなかったが、俺はこれも何かの縁だろうと思いつき、せっかくなので中に入ってみることにした。


 場末にあるその映画館は、ミニシアター系のいかにも映画好きの玄人が喜びそうな作品がよく上映されているようだった。
 建物の中には古いポスターがいくつも並んでおり、そのどれもが全く見たことも聞いたこともない作品ばかりだった。

 話題の新作映画やハリウッド映画などは一切上映しておらず、モノクロの名作映画や、誰からも忘れ去られた名もなき映画、大作と話題作の狭間に埋もれた幻の傑作などを、世界の片隅でこっそりと上映しているような映画館だった。

 入ってすぐのホールは無人で薄暗く、奥に地下へと続く暗い階段を備えているだけだった。
 階段の下からは微かに白い光が漏れており、壁面に飾られた古めかしいポスターを仄かに照らし出している。

 俺は一瞬階下へ降りるのを躊躇ったが、他にやることも全く思い浮かびそうになかったので、あきらめてその暗い地下へと足をのばすことにした。


「いくつになっても、男は青春と冒険を忘れちゃいけないからな。たとえ三十歳になったからって、行儀よく喫茶店で読書するだけが、大人のすることでもないだろう。」


 自分の考えを口に出してみたものの、まるで風俗店に行くのにいちいちくだらない言い訳をしている遊びなれない男の一人言みたいに聞こえた。
 俺はつまらないことを考えるのはやめて、地下へと続く暗い階段を降りていった。

 一階の薄暗いホールに比べると、地下のシアター入口のカウンターはしっかりと照明が灯され、天井のスピーカーからは軽やかなジャズが流れていた。
 床も硬質なリノリウムなどではなく、紺色の重厚な絨毯が引かれていた。

 カウンターの中にはもぎりのおばちゃんが立っており、落ち着いた品のある笑みを浮かべながら、こちらに向かって軽く会釈をしている。
 反射的に俺も会釈を返しながら歩き、カウンター手前にある券売機の前で足を止めた。

 本日の上映作品と書かれた枠に並ぶポスターを見ると、そこにはクラシカルなモノクロの喜劇映画と、フランスの恋愛映画と、ハードボイルドな探偵映画のポスターが貼ってあった。

 俺は時間的にも丁度いい探偵映画の切符を買った。もちろんそれは全く俺の知らない作品だった。
 おばちゃんは温泉宿の女将のように丁寧にお辞儀をすると、にこにこしながら俺の差し出した切符を切ってくれた。

 柔和な物腰でありながら凛とした表情をしているおばちゃんは、何年もここで働いているといった年季を醸しているにも関わらず、どこか溌剌とした空気を纏っていた。
 きっと心から映画が好きなのだろう。隠しきれない映画への情熱が、胸の奥にちらちらと見え隠れしているように思われた。


 上映までにはまだ時間があり、他にお客さんも見当たらなかったので、俺は何の気なしにもぎりのおばちゃんに声をかけてみた。


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