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陽キャと陰キャ。母娘。〜対照的な二人〜

こんにちは。
天音です。

私は根っからの内向型で、生まれながらにしての愛想が悪いというよりないに等しく、人と一緒に何かをする、というのがあまり得意ではありません。

さらに極度の人見知りで、初めて会う人や、顔を知らない人に対してなどは、本当に緊張して言葉が出なくなってしまうんです。

そんな自分が昔から嫌で、学校などの人と話す機会があるところではできる限り社交的に振る舞おうと、

人がどのような仕草をしているときにどのような感情を抱いているのか、
自分が今求められている回答はどのような言動なのか
今自分が発言することでどれくらいの人に良い影響をもたらし、どれぐらいの悪い影響があるのか
それによって自分は伝えたいことが伝わるのか、、、etc

このように、様々なことを常に考えながらコミュニケーションを取っています。

これらに関しては、もしかしたら、私が幼少期にたくさんの人に傷つけられて、さらに自分のこだわりの強さから、周囲とうまく馴染めなかったことが、無意識のうちにコンプレックス化してしまっているのが体現していると考えることもできるかもしれません。

でもその経験と同じくらい、私の性格に影響を与える要因があると思うのです。

それは母の存在。

母は私とは打って変わって、根っからの陽キャ。

昔からいろんな人に「何も考えてなさそうで、何も考えてないよね」
と言われるような、本当に明るく振る舞って、愛想の良さで人の手助けを借りる才能があります。

そんな母は、手先が不器用で、少しでも面倒臭いことがあると、私や私の父に物を頼んで解決します。

そして、それを断った時の反応も、とても悲しそうにされてしまうので、なおさらこちらは断りずらい。

そんな、コミュニケーションにより生きている母は、とても社交的です。
知らない人にもどんどん話しかけて、分からないことは質問したり、その中で質問した人と仲良くなったり。

私の場合には絶対にありえないような話がポンポンと出てきます。

私はこんな母に育てられ、本当にこの人の子なのだろうか、本当は養子で、本当の母親は自分のように内向的なのではないだろうか、なんて考えたこともありました。
(血液型もなんら違和感なし、見た目も似ているため、血は繋がっていると考えるのが妥当であるとは思いますが。)

そして私には4つ下の妹が1人いるのですが、この妹がこれまた外交的で、とても愛想がいいので、自然と自己肯定感が下がる、ということも多々。

そんな対照的な母と娘。

私は母のような人が同級生にいても絶対に友達にはならない自信があるのですが、母は全然友達にしちゃう、といいます。

しかし、そもそも私と母の中での友達の定義にかなりのギャップがあるため、母の話も私の思う友達と一緒なのかは分かりません。



話は変わりますが、精神疾患を患いやすい人には、ある程度の遺伝もあると言われています。

私の母は、ちょうど私が小学校低学年の時、父が単身赴任で忙しい育児をワンオペで行っていたストレスで、かなり病んでいた時期がありました。

私の実感ではいつも怒りっぽい母があまり怒らなくなって、少し安心していた部分もあるのですが、それはそもそも怒るというエネルギーがなくなっていたんですね。

さらにこの母、実はかなりの苦労人で、私からみて母方の祖母は体が弱く、昔から入退院を繰り返していたらしいので、学生にして父の弁当を作り、洗濯物の管理、アルバイトに自分の学校の活動と、ヤングケアラーの代表例みたいな生活を送っていたと言います。

そんな話も聞いているので、多少怒りっぽくてもしょうがないのかな、とか割り切っているのですが、
残念ながら私には人の怒りの感情を感じ取るセンサーは人一倍敏感な割に、それをうまく受け流すというのは苦手なので、一緒の空間にいるだけでかなり疲れてしまったりします。

本当につくづく不思議な親子です。我ながら。

母はいつも父のだらしない行動に対して文句を言い、父はその物いいに納得せず反省もしないので、その会話が延々と繰り返されます。
そこに私が間に入って、父を説得するとともに、母を宥める、というのが通例。

この状況から、母は自分の言ったことを真面目に聞いてくれる態度が欲しいのであると分析しているのですが、父はいつもその時の趣味に夢中。

ちなみに私の父は典型的なADHDの不注意優勢型の傾向を持っており、今日も財布を持っていくのを忘れていきました。

そんな父は田舎育ちで、自然が大好き。結婚してから厨房に立つようになったら、料理も好きになったようで、我が家では料理は半々ぐらいで父と母が作っています。
(それによる冷蔵庫、冷凍庫の場所取り論争も絶えないのを宥めるのも大変)

なぜこの父と母がくっついたのかがいまだに疑問なのですが、私が一人暮らしを始めたらどうなるのかもちょっと気になったり。


これだけ対照的な母娘ですが、実はとても感謝していることもあります。

母親として、ということはもちろんですが、母が私の母でなければ、多分小学校の時点でもっとひどいいじめに遭っていたと思うのです。

なぜなら、陽キャとの接し方は母とのコミュニケーションの中で学んだところが大きいから。
私は昔から人の感情に興味がなさすぎて。些細な言い回しの変化による相手の感情や行動の変化に異常なまでに鈍感でした。

そんな中で、お節介にもいちいちこう言われたらこう返すと良い、こう言っている時は近づくな、などと、陽キャの言動をマニュアル化して教えてくれたのが母でした。

特段紙にまとめたりなどはしていませんが、何か物事があるたびに、私の行動のどこが悪かったのか、相手はどう言ったらどういう反応が返ってくると予想されるか、一つ一つの事象に対して説明してくれたんです。

母は人への説明がとても苦手なのに、その解説に関してだけはとても熱心にしてくれました。(勉強は何も教えてくれなかったけど。)

でも、それは今思えば、その教育があったおかげで、苦労はしつつもなんとか社会生活についていけているのかな、と思うところも大きいので、とても感謝しています。


今回はそんな対照的な母と娘のお話でした。
ただの自分語りのようになってしまいましたが、たまにはこういうのも良いよね。

もしよければ、ぜひ読んでくださった方の保護者のかたがどのような方だったのかも教えてください。

ではまた。

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