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映画の日、人生で大切にしたい映画に出会った
日本の12月1日といえば、映画の日である。多くの映画館で映画が安く観られる日だ。
なぜこの日が記念日になっているのだろう。思えば由来を知らないことに気付き、Wikipediaを引いてみた。
神戸の神戸倶楽部で1896年(明治29年)11月25日から29日にかけて映画が一般公開された。これを日本の映画の初公開として、11月25日は半端だから12月1日がキリがいいという理由で、12月1日が記念日とされた。
——11月25日でよくないですか。半端って何ですか。
さて、そんなキリのいい12月1日、割引された価格でチケットを手に入れたぼくは、新宿武蔵野館で五十嵐耕平監督による『SUPER HAPPY FOREVER』を観た。9月27日に封切られてから随分日が過ぎてしまったが、ようやく劇場に足を運ぶことができた。
なんとなくの評判は目と耳に入っていた。強く絶賛している人が少なからずいるらしい。以上。あとはほとんど何も知らない。あとは、浜辺が舞台なのだろうか、広告のビジュアルは見た。基本的に作品の情報をできる限り知らない状態で映画に臨みたい。
スクリーン3、C-5に座る。X軸でいえば真ん中、Y軸でいえば前方の席が好きだ。後ろの人の視界を遮りたくないから、できる限り頭を低く座る。それでいて、画面の下端が前の人の頭で隠れないぎりぎりの高さを保つ。映画館にいるときのぼくはすごく姿勢が悪い——普段も悪いけれど——。
スクリーンでは予告が流れていた。相米慎二監督作品のリマスター上映。そういえば 『台風クラブ』しか観たことないな。『お引越し』も『夏の庭』も、抜粋された数カットだけでとても魅力的だった。
そして例によって、ビデオカメラの頭をした人が捕まる。もうあの形のハンディカメラを使っている人はあまりいない気がする、と毎回思う。
本編が流れてまず、画面の質感にどきりと嬉しくなった。光を受けた輪郭の滲み——と表現して正しいのだろうか、おそらく定められた単語が存在するはずだ——が、美しい。舞台はどこかの宿、30歳前後と思われる男性が二人。何も明確に説明しない、いささか曖昧とも解釈できそうなカメラは、それでいて堂々としている。
すぐに声が発せられた。抑揚の味付けのない発話。返答があるであろうところに流れたのは静寂。意味ではなくリアリティとしての、同時に心持ちの現れであるかもしれない"間"。続くのは進行的でない次の言葉。すべての台詞と環境音は、明瞭な音響で心地よく耳に届く。
ある画面から次の画面に切り替わる。ときどき、少し意外な繋ぎ方をする。その小さな驚きは、なぜか鑑賞を阻害しない。むしろ小さな快を導くからおもしろい。
ぼくはこのために映画館に通うんだと再認識する。忙しない世の中から離れて、真っ暗な部屋に座ってじっとして、用意された時間の流れの中で過ごす。何も気にすることはない。ただ、スクリーンに向き合う時間。
ここで終わったら完璧だ、というタイミングで映画は終わる。エンドロールが映し出される中、劇中で繰り返し歌われ重要なモチーフとなっていた Bobby Darin の「Beyond The Sea」が流れる。スクリーンの右端に縦書きで表示される歌詞の和訳は、この物語のことを歌っているようにも感じられた。
フェードアウトで音楽が終わり、シアター内に静寂が訪れる。この部屋に用意された椅子と同じ数だけの頭が等間隔に並んでいる。それぞれ、どのような感情が巡っているのだろうか。ぼくはこの数秒がたまらなく好きだ。
左右に通路がある場合、真ん中の席では慌てて立ち上がる必要がない。小声で交わされるいくつかの感想はまだ核心には言及せず、表層や瑣末な周辺で様子を見ているようだ。
すぐに言葉を探そうとする自分を制しながら、頭に残るイメージを眺める。歩きながら少しずつ整理していく作業は、新宿駅までの雑踏から気を紛らわすことにも役立つ。
主要人物3名の、演技がおそろしいほどにすばらしかった。特に山本奈衣瑠さんは、今後の出演作品を無条件で観たいとさえ思った。
間の抜けたタイトルは、もちろん皮肉である。ある段階で、感触にそぐう由来が明かされる。ただ、物語が進むにつれ、それだけではないことにぼくたちはだんだん気づいていく。「喪失」を描いているようでいて、客席でより強く思いを馳せるのは、まさに「幸福」と「永遠」について。終盤に訪れる決定的な台詞は明らかなハイライトであり、珠玉。
ならば、ぼくはこの作品を愛そう。
恋の萌芽を、互いに測りながらも緩やかに近づいていくその瞬間にだけ存在するきらめきを、みずみずしさを、ここまで実感を伴ってキャプチャしてくれた作品が今まであっただろうか——まあ、あるんだけど——。
まだ数本観る予定があっても、今年一番好きな映画は『SUPER HAPPY FOREVER』と言い切ってしまって、後悔はないかもしれないな。
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