届かなくとも「浮き雲」に手を伸ばすのだ。
【あらすじ】
伝統的スタイルのレストラン
「ドゥブロヴニク」で給仕長を務める
イロナは、市電の運転士である夫ラウリと
つましく幸せに暮らしていた。
だが、不況のあおりを受けて2人同時期に
失業してしまう。
職探しを始めるが、なかなかうまくいかず、
ようやく見つかった仕事も問題だらけ。
次々と降りかかる困難へと
立ち向かう夫婦の生活を淡々と描く。
本作の撮影前にこの世を去った
カウリスマキ作品常連俳優
マッティ・ペロンパーが写真というかたちで
特別出演している。
アキ・カウリスマキ監督による
「敗者三部作」の第一作目。
同じく「敗者三部作」の第二作目である
「過去のない男」そして
「労働者三部作」の「パラダイスの夕暮れ」を
視聴し、好きかも…と感じたカウリスマキ監督。
普段なら「続々と困難が2人を襲う」系の物語は
避けるところなのですが、
2作観たことで、この監督なら大丈夫なのでは?
と思い、今回こちらを視聴。
わかりました。
私はアキ・カウリスマキ監督作品が好き。
アキ・カウリスマキ監督は私を悲しくさせない。
【以下内容に触れています】
詳しい物語はこうである。
中年夫婦のラウリとイロナ。
不況のあおりを受け、ラウリはリストラされ、
イロナもレストランのオーナーがチェーン店に
経営権を譲渡しなくてはならなくなったため、
社員全員がクビとなる。
こうして夫婦そろって失業し、
職探しをするがなかなか見つからない。
長距離運転士の仕事が見つかったラウリだが、
事前健康診断で聴力に問題が見つかり、
白紙となってしまう。
イロナは場末の安食堂のコック兼給仕の仕事に
就くが、税務調査のゴタゴタで給料が未払いに。
イロナの給料を食堂経営者に請求しに行った
ラウリは、経営者と仲間たちにより
袋叩きにされ、港にほうり出される。
そんな中、イロナは元同僚からレストラン経営を
やらないかと持ちかけられ、計画を立てる。
だが銀行が資金を貸してくれないため、
自動車を売る。しかし、やはりとても足りない。
その時、イロナが職を求めて行った美容院で
働いていたレストラン「ドゥブロヴニク」の
元オーナーと偶然の再会を果たす。
引退して生きがいを失っていた夫人は、
イロナの計画を聞いて出資を申し出る。
ラウリとメラルティンは「ドゥブロヴニク」の
元シェフでアルコール依存症のラユネンを
探し出し、治療施設に送り込んで更生させる。
「ドゥブロヴニク」の元従業員たちが揃い、
イロナとラウリのレストラン「ワーク」が開店。
昼時となりなかなか客が入らず不安になるが、
しばらくするとやがて満員に。
そしてディナーの団体予約まで入る。
喜びを噛みしめて店の前で一服し、
イロナとラウリは空を見上げるのであった。
リストラ、見つからない新たな職、
働き始めても付き纏うトラブル、足りない資金、
できない一発逆転。
次々と2人を襲う不条理な困難。
ただひたすらに悲しくて、
生きることが苦しくなってしまいそうな物語も
カウリスマキ監督なら大丈夫なんです。
どんなに状況が悪くなってもこの2人は生活を
続けていく。
しかし、その様を激しく感情的には描かない。
淡々とすべきことをしていくしかないね、という
人生への向き合い方が心地良い。
さらに、この2人がきちんとお互いを思い合って
いることが表情や行動で伝わるのだ。
たとえば、
仕事を終えてラウリの運転する市電に乗る
イロナの表情。
帰宅したイロナのコートを脱がせる
ラウリの慣れた手付き。
折に触れてラウリがイロナに持ち帰る花束。
中でも私が一番好きなのは、
ローンが払えず家具を差し押さえられた部屋で
開業計画を立てるイロナを
ラウリが優しく見守るところ。
ここで下手なプライド出して、俺だって…!
みたいな嫉妬で2人のすれ違いが始まったら
大嫌いな展開すぎるのでね。
そうならない。ラウリはそんな奴じゃない。
そこが好き。
あと、やはりクスッと笑えるところもある。
冒頭、ラウリはイロナを驚かそうと密かに
ローンでソニーのテレビを購入し、
お披露目をする。
しかし二人はテレビという物体を見て満足し、
テレビ番組は観ずに眠りにつく。
また、ローンで買った本棚には入れる本がない。
買えないのだ。
文字で書くと悲惨な生活に聞こえるが、
不思議なことに可笑しく優しい映像に見える。
皮肉さもあるのに、暖かい。
逆に多く語らないからこそ悲哀が漂うシーンも
ある。
イロナが失業した際、部屋の中の棚にある
小さな子供の写真の前でたたずむシーン。
おそらく、この夫婦には子供がいたが
亡くなったのだろう、と思わせる。
具体的に言わないからこそ想像の余白があり
悲しみに重みが増す。
2人が暮らす部屋は、
水色の壁。
朱色のソファ。
橙色のカーテン。
青色のテーブルクロス。
これらにまとまりがあり、
美しい部屋の中を作り出している。
本当に色彩感覚が素晴らしいなと思う。
部屋以外の場所ももちろん美しい。
とりわけ美しくハッと息をのんだシーンがある。
それは、イロナが職を求めて行った美容室で
再会した元オーナーとカクテルを飲むシーン。
2人はメニュー表を覗き込んでいる。
その開かれたメニュー表の表紙と裏表紙には
それぞれイロナ側に緑、オーナー側に赤の
ドリンクが描かれており、
それは2人の着ている服の色と一致している。
ここすっっっっっごく綺麗なの。
しかも、ここでする2人の会話も良いんだ。
オーナー「これはまだよ。頼んでみる?」
イロナ「4杯目です」
オーナー「人生は一度よ」
オーナー「若い頃は男たちを飲み負かしたものよ
でも楽勝だった。男はいつも手加減を」
イロナ「劣等感のなせる業です」
オーナー「店を無くして"もうここまで"と
思ったわ。遺書を書いて静かにお迎えを待った。
でもすぐ飽きたわ」
オーナー絶対良い人だよなと思っていたけど
やはり良い人だったね。
この再会がきっかけでイロナは自身の店を
持てることとなり、物語は
明るい希望に満ちて幕を閉じる。
上手くいきすぎなご都合主義と言う人も
いるだろう。
でも私はイロナの生きてきた積み重ねがなければ
出来ない結末だったと思う。
イロナは元々のレストランで皿洗いから
給仕長まで登り詰めた。
それは真面目な働きぶりと才能を
オーナーにきちんと評価されていたからだ。
ここでの実績と信頼がなければ資金を出すと
言われなかっただろう。
また、再会した場所「美容室」に
イロナは職を探しにきていた。
クビとなってから、レストラン関連の職だけを
求めていたイロナが、ついにこだわりを捨て
関係ない職へ手を伸ばした瞬間だったのだ。
この行動力と覚悟がなければ「美容室」に
客としてやってきたオーナーと再会は
出来なかったであろう。
さらに、イロナは元同僚から誘われ、
店の計画を事前に立てていたことも
うまくいったポイントだろう。
確かにオーナーがいたから丸く収まったように
見えるが、これはイロナでなければ
掴めないチャンスだったのだと思う。
【浮き雲/
アキ・カウリスマキ】
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