キャサリンはどのように子供を産んだのか? / 森博嗣
こんばんは。
青井あるこです。
コロナウィルスの感染拡大を受けて各地で外出自粛の要請が出され、リモートワークで仕事をし、休日は自宅から出られないという方も多いかと思います。
そんななかで普段と変わらず平日は電車に乗って出勤をして仕事をしているので、読書や海外ドラマ、ゲームなどインドアな趣味が多い私は、休校中に友だちと出かける学生たちよりよっぽど自宅軟禁に適しているのにな…とつくづく思います。
それどころかコロナウィルスの影響を受けて仕事がバタバタしているので、読書をする纏まった時間が取れなくてもどかしいところです。
二月に講談社タイガから刊行された森博嗣氏の「キャサリンはどのように子供を産んだのか?」もようやく読み終えましたが、通勤時など細切れに読んだのでしっかり理解できたとは言い難く。(集中して読んだからと言ってしっかり理解できるわけでもないですが)
ざっくりとした感想を書きます。
以下、ネタバレ注意です。
先天的な病のため隔離されていた研究所内の無菌ドームのなかから科学者が姿を消した。彼女は特別な処理を受けないと人が立ち入れないドームのなかで、人知れず子どもを生み、そしてその子と共に行方を眩ませた。
というストーリーを聞いて真っ先に思いつくのが、森博嗣シリーズのすべての始まりである「すべてがFになる」に登場する真賀田四季博士の事件だった。
彼女もまた封鎖された空間の中で子どもを生み、隔離された施設から姿を消した。そして彼女はその事件から二百年が経過したWWシリーズでも、マガタ・シキとして未だ世界に影響を与えている。
そんなWWシリーズ、およびすべての一連のシリーズの根幹に関わる一件と類似した事件が起こったので、ここがストーリーの転換点なのかと期待したし、Wシリーズのときから言われていた年を取らなくなった代わりに子どもを生めなくなった人類がどのようにして子どもを生み、世界にどんな影響を与えていくのか…ということにも興味が湧いた。
けれど結局クーパ博士も娘のミチルも現実世界での消息はつかめないままだった。
森博嗣作品は、ミステリーとしてはトリックも二人の行方もはっきりとは明かされないからもやもやとする部分もあるけれど、それ以上に新しい解釈の仕方を見せられるから面白い。
クーパ博士は著名な科学者でありながら先天性の病を抱えるために現実世界では狭いドームのなかから出られなかった。
一方で彼女の研究所にはゾフィという人工知能がいて、生活の補助や研究所の管理などを行っていた。
病によって行動の制限を強いられるクーパ博士にとっては、身体は邪魔なものでしかなかった。
だから彼女にとってはハンデのあるリアルな世界よりもヴァーチャルの世界のほうが現実だった。というかヴァーチャルの世界に重きを置いて暮らしていた。
前作の「神はいつ問われるのか?」でもあったけれど、WWシリーズのヴァーチャルの世界は解像度が高く、リアルな世界とほとんど見分けがつかない。だからリアルかヴァーチャルか、どちらの世界を現実とするかはその個人による、という考え方。
これが新しいというか、今まで私はしたことのなかった考え方で面白い。
WWシリーズでは移動手段の性能もグレードアップしていて、海外への移動も現実の私が生きている世界よりも格段に速い。だけど瞬間移動とまではいかないし、病や事故など死の危険性も付いて回る。
一方でヴァーチャルの世界では、設定次第ではどこにでもすぐに行けるし、職業を含めなりたい自分にすぐになれるし、怪我を負っても現実世界の身体が死ぬわけじゃないから、リスキーなことにも挑戦できる。
しかも自分だけの世界を持つこともできるし、他人と共有することもできる。
そうなったときに、じゃあ私はどちらに住みたいかと思ったときに、それでもやっぱり現実世界で生きたいと思ってしまう。
それは何故かと考えてみると、私は特定の神を信じているわけでないのだけど、一番感覚的に近いのはアニミズムや八百万の神、付喪神のように、身近な草花だとか長年使っている身の回りの品に神様が宿るという考え方で、
そこには人智を越える、というか人間に創られる側ではなくて人間を創る、もしくは生み出す側の存在があると思っている。それが人の形をした神様だけじゃなくて自然の現象ということも含めて。
だから私のなかでは、リアルな世界というのは、人間以外のなにかによって創られた世界であってそこで人間は生かされているという感覚。
一方でヴァーチャルの世界は、人間を遥かに凌駕する人工知能が構築・拡張しているとはいえ、その人工知能を生み出したのは人間であって、だからその世界の神様はイコール人間ということになる。
それがなんだか納得いかない。誰かが創った世界でいつでもサービスを受ける側でいるのが嫌なのかもしれない。その誰かの一存で自分が現実だと思って大切に育ててきた他者との関係やステータスなどが突然消されてしまうということが怖いし、嫌なのかもしれない。
もちろんそれは例えば現実世界でも大災害に遭うなど起こりうることではあるのだけど、私にとってはそれが人間によるものなのか、自然によるものなのかという違いはかなり大きいように思う。
だからグアトのようにどちらでも良いかな、というふうにはまだ思えない。
WWシリーズのなかでは、オンラインになっている人が多いから、ヴァーチャルの世界の住人になったとしてもリアルな世界の住人とコミュニケーションを取ることは可能だ。
現にグアトやロジもヴァーチャルの世界でマガタ博士やクーパ博士に会っている。だからこそ彼らにとってはどちらかの世界を選ぶ、というよりはどちらの世界に重きを置くかという発想なのかもしれない。
クーパ博士は自身が発見した美しい遺伝子の構造がリアルな世界では実証されないものだと知ると、ヴァーチャルな世界でその発想を展開させた。
ヴァーチャルの世界に”子どもを産む”という機能を与えたのだ。
それは誰かが意図的にデザインして作ったクローンなどではなく、どういう方法を取るのかはわからないが、現実世界のように親の遺伝子を受け継ぎつつまったく新しい生命が生まれるというもの。
そしてグアトはクーパ博士の娘、ミチルもリアルな世界ではなくヴァーチャルで誕生したのではないかという結論に至っている。
そうなるとドームの中で時々姿を現していて、ヴォッシュも見かけたことがあるというミチルは、ホログラムだけの存在だったのだろうか、という点が疑問に思えてくる。(それも充分ありえることだけれど)
今回のクーパ研究所から八名が失踪した事件の真相は、検察官らは恐らく実際に死んでいるが、クーパ博士は肉体を破棄し、電子的な存在となって研究所内の限られたネットワークから外界の電子世界へと脱走したということらしい。
オーロラなど今までも電子世界と現実世界を行き来する登場人物はいたけれど、現実世界から電子世界へと本格的に移行した人はいなかったような気がする(私の記憶が正しければ)ので、これからクーパ博士と娘・ミチルの存在が電子世界や現実世界の勢力争いにどんな影響を与えていくのかも気になるところ。
あとふと思ったのだけれど、百年シリーズに出てくるミチルは、このクーパ博士の娘のミチルと同一人物だったのではないだろうか。百年シリーズの世界そのものが実はヴァーチャルで、ロイディだけリアルな世界にもボディがある…というような。
でもエピローグでペィシェンスがミチルとロイディが運転する車に乗っていたことがあると話しているし、そもそもWシリーズでハギリ博士たちがミチル(アキラ)の脳が格納されたロイディの身体を運んでいるし、それは違うのか…。
そもそも百年シリーズのミチルは、真賀田四季博士の娘なんだっけ? でも真賀田博士の娘のミチルは、あの施設内で死んでいたはずだし…。
一度「すべてがFになる」も含めて関連作品を読み直してみる必要がありそう。私は百年シリーズのミチルとロイディのバディがとても好きなので、いつか再び二人に会えたらいいな。
今回の「キャサリンはどのように子供を産んだのか?」というタイトルの問いの答えは、クーパ博士がヴァーチャルの世界で彼女の遺伝子(のような情報)を引き継いだ子どもを産んだ、ということになる。
完全にリアルな世界での子供が産まれない問題が解決したというストーリーが来ると予想していたので、そっちか!というかしてやられた感がある。
リアルな世界でもウォーカロンメーカーが子どもが産めるようになる細胞を開発したという発表があったようだけれど、どうなるのかな。
そのうちグアトとロジの子どもが生まれるようなことがあるんだろうか?
…うーん、それはないか。