冬ピリカグランプリ応募 【冬燈し遠い昔の銀座線】
ある日の帰り道、玲奈は寒空のガラスの外灯を眺めながら昔銀座線の車内灯が瞬間消灯した時、ランプのような予備灯がついたことを思い出した。
何の予告もなく突然消える車内灯、一瞬の暗闇はびっくりしたが直後に点く電球の光りは淡く柔らかな色あいだった。
もうすぐ駅に着く…そんなことも知らせてくれるような瞬間消灯。
と同時にその瞬間どこかへタイムスリップしたような感覚にもなった。
ちょうど映画の「地下鉄に乗って」の中の主人公のように。
知っている人はいないかと辺りを見回してしまう。
休日朝7時の銀座線は人も疎らだった。
瞬間消灯の後ランプがついてしばらくするとホームが見えてきた。
玲奈は銀座駅で降りて松屋方面出口の階段を昇った。
その頃昭和通り沿いの珈琲店でアルバイトをしていたのだ。
近くに中央馬券場があったため朝早くから開店する喫茶店が多かった。
大学からは近くても休日にわざわざ都内まで朝早くアルバイトに行くというのは理由があった。
その頃の彼が中央馬券場でアルバイトをしていて単純に近くでやりたかっただけなのだ。
最初の頃は家まで車で迎えに来てくれて時間が合えば帰りも一緒だった。
そのうち玲奈の終わる時間の方が遅くなり彼は珈琲店の反対側に止めている車に乗って先に帰って行った。
何度かそれを珈琲店の窓越しに見ていたある日、彼が知らない女の子と歩いて来て車に乗るのが見えた。
彼はバイト先の子を送ると言っていた。
そのうち毎週その女の子と歩いて店の前を通るようになった。
ついには手を繋いで通り過ぎた。
玲奈がガラス越しに見ているのをわかっていてわざとそうしたのだ。
彼は優しすぎてずるい。
自分の口で何も言わずに遠回しにわからせてこちらが呆れるように仕向けるのだ。
こんなことは何度もあった。
はっきり別れとかないものだから平気でまた連絡してくる。
遊び歩いてはまた玲奈のところへ戻ってくる。
彼と付き合った彼女達が玲奈の存在は何なのかと確かめに来ることもあった。
もうそんな都合のよい女にはなりたくない。
だんだん彼との距離も遠ざかり近いバイト先に行く意味もなくなったのに、玲奈は相変わらず銀座線で通っていた。
あの瞬間消灯は恋の消滅とも思えたが、暗闇の中に点く柔らかなオレンジ色のランプの灯りは玲奈の心をいつも取り戻してくれた。
おわり
(950字)
2022冬ピリカグランプリに参加させていただきました。
【冬燈し遠い昔の銀座線】は俳句として作ったものですがそのまま題名に使いました。
銀座線は日本初の地下鉄で来年は創業95年になります。
オレンジの車両と木の温もり、ランプのような車内灯は思い出すだけで懐かしさが込み上げます。
当時は「東洋唯一の地下鉄」のキャッチコピーで今や瞬間消灯もご存知ない方も多いかもしれませんがイベントなどでは再現したそうです。
現在も1/20の確率でレプリカのレトロ車両を見ることができるようです。