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定価1800円(税抜)に書肆侃侃房の覚悟が伝わる~ 佐々木 敦 × 豊崎 由美 エンリーケ・ビラ=マタス『永遠の家』(書肆侃侃房)を読む~

月刊ALLREVIEWSフィクション部門2021年9月の課題本はエンリーケ・ビラ=マタス『永遠の家』。スペインの奇才ビラ=マタスが1988年に発表した連作短編集ですが、邦訳が出たのが2021年7月。出版社は福岡の書肆侃侃房。
ビラ=マタス、邦訳は『バートルビーと仲間たち』(2008年、新潮社)、『ポータブル文学小史』(2011年、平凡社)、『パリに終わりはこない』(2017年、河出書房新社)(()内は邦訳出版年)と3作出版されているのですが、出版されている出版社が全部違う。つまり、多くの編集者が出版したいと思い、出版するが、その後が続かない作家です。決して日本で売れ行きがよいとはいえないビラ=マタスの本を出版した書肆侃侃房の勇気をお二人は称えます。

※対談は2021年9月24日に行われました。
※対談はアーカイブで視聴可能です

理性や知性で読んではいけない

豊崎さん、佐々木さんともエンリケ・ビラ=マタスの過去の邦訳3冊をもちろん読んでます。『バートルビー』、『パリに終わりはこない』、『ポータブル文学小史』はいずれも本読みにはたまらない、たくさんの作家が陰に陽に出てくる作品。例えば『パリに終わりはこない』はフロリダ州キーウェストでおこなわれるヘミングウェイそっくりさんコンテストに出るという、笑ってしまうような設定の小説。あらすじを知りたい方、柳下さんの書評がALLREVIEWSにあります。

この邦訳された3作と比べても、『永遠の家』はわからないと豊崎さん。豊崎さんは、日本で本書を紹介する際、多くの人が腹話術師を語り手としている解説に不満。短編集のうち『底流』は少なくとも語り手は違うし、最後の作品も語り手が腹話術師とは限らない。あまりにわけのわからない構図に、「ビラ=マタスはよっぽど読者を信頼しているか、無責任かどちらか?」と豊崎さん。豊崎さんタイプの方は、ビラ=マタスの信頼に答えたくなること必須です。「理性や知性で読んではいけないのかも」と豊崎さん。

もっとも、全くわからなくても、変な事件がいろいろ起こるので楽しめる短編集です。パリ、ニース、ニュー・オリンズ、ジャワ島と多くの実在の地名が出てきて、マルグリット・デュラス、ジョン・ヒューストン、サルトルなど実在の人物も登場。虚実が入り乱れる不思議な雰囲気の話です。

ビラ=マタスはスペイン・バルセロナの出身ですが、ラテンアメリカを含めてスペイン語圏の作家は教養がある作家が多いと佐々木さん。多くは欧州に留学し、欧州の教養を踏まえた上での小説とのこと。理性や知性で読んではいけないという意見にもうなづける一方で、「知識があったほうが間違いなく楽しめる」タイプの小説だと私は感じました。

書肆侃侃房の1800円の覚悟

中身がぎっしり詰まった本書は1800円で、4000円分くらいの価値があると豊崎さん。豊崎さんの本書の書評は週刊新潮(2021年37号)で読めます。そして、福岡の新興出版社書肆侃侃房が1800円というお手頃価格で出したことに、同社の覚悟を感じると豊崎さん。

豊崎さんと佐々木さんは、最近の海外文学の出版事情についても意見を交わしていきます。ビラ=マタスの邦訳された3冊はいずれも別の出版社から出ている。出したい編集者は多くても、売れ行きが悪いと、その作家の次作を翻訳して出していくことは難しい現状。版権の問題もあり、電子書籍にもしにくい。「うんと売れる本とうんと売れない本は電子化できない」と佐々木さん。だからこそ、お二人は書肆侃侃房の本書の出版に覚悟を感じ、応援もしています。

対談では、お二人が感じる現代の出版事情についても聴くことができます。

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本対談はアーカイブでも聴くことができますが、できればリアルタイムで聴いていただきたい。リアタイでは、チャットで質問することができます。「ビラ=マタスは女性にシニカル、トラウマがあるのでは?」という質問をした視聴者に「鋭い!」と豊崎さん。本YouTubeをご覧になった方、次回はぜひ生視聴でお楽しみください。

本書の冒頭は書肆侃侃房のnoteでも読めます。

【記事を書いた人:くるくる】

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2021年2月には、鹿島茂さんとの対談6本をまとめた『この1冊、ここまで読むか!超深掘り読書のススメ』が祥伝社より刊行されています。
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