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「小説」パチンコ好きな男とおしゃべり好きな女の子の話。

2012年に書いたもの。小説を書き始めた頃の作品。エヴァンゲリオンと、パチンコ台のアクエリオンが出てくる。当時一円パチンコによく遊びに行ってた。アクエリオンのリーチが熱く、それを書きたかった。その頃大岡昇平が私の文学の推しで(代表作「野火」が有名)、その影響でわざと古臭い言い回しを使っている。ダラダラと続くだけの話だが暇な方はどうぞ。

 


 我が小説の主人公葉(よう)が土曜日10時に虎銅鑼駅の噴水前でデートの待ち合わせの約束を交わしたのは、同じ会社の女の子で、凛(りん)という。しかし葉は特別凛を慕っているわけではなかったし、このデートの約束を取り付けたのも葉の単なる思いつき所謂一種の気紛れに過ぎなかったのだが、その一方凛の方では以前から葉のことをまんざらでもなく思っていたから、喜んで申し出をうけた。

 その凛が公園の噴水前でしきりに髪を気にしている。昨日仕事帰りに美容院に寄って、そんなつもりもなかったのに馴染みの店員に勧められるまま普段とは違うカットを試してみた所、どうも似合ってないような気がしてそのことが頭から離れない。しかしそれは単に、普段の髪型の方が似合っているのだという長い間の彼女の先入観が彼女を理由無く不安にさせているだけで、実際は誰が見てもよく似合っていた。

 美容院の大きな姿見に映る普段は彼女のくりっとした愛らしい眼も、この時は若干落胆の様子で沈んでいたが、家に帰ると母親はひとめ見るなり可愛いと絶賛した。それで彼女は多少なりとも自信を回復することが出来た。あの美容師の持つ職業としての勘は凛の思い込みよりは確かであった。

 信号の前で葉はぶ然として立っていた。しかし別に腹をたてている訳ではない、彼はいつも人前ではあえてそういう態度をとった。それが彼の流儀であった。

 葉は今日も首からゴーグルを垂らしていた。明日から12月にも関わらずデニムの短パンで脛を出し、パーカーとNIKEのスニーカーは共に葉の好きな赤色である。左足首にはミサンガを巻いている。青信号を渡ると駅附近の噴水の前の凛が見えた。

 公園を出て、繁華街へと向かい二人並んで歩きながら、葉は内心こう思った。≪さあて、誘ったはいいけどこれからどこヘ行こうかな。これといって行きたい場所もないし、楽しい計画もない。せいぜいがお洒落な店で飯を食べるとか、二人では盛り上がらないカラオケだとか、或いは話題の映画ぐらいがせきの山なんだけどな。買物するにも(とここで彼は尻ポケットから財布を出して中身を確かめた)2万5千か。10日の給料日まではこれだけ。正直さっそく困ってきたな。今はまだ10時半前で、昼ご飯には早いしなぁ。
 この子は俺に任せておとなしくついて来ているのだろうけど、ところが俺にはまったく考えがないのさ、何て正直に話したらどんな顔をするだろう。呆れないだろうか。今まで同じ会社で顔を合わすことは毎日だったが、この子と話す機会は数回しかなかった。その数回も挨拶程度だ。それなのに俺はよくも平気な顔して誘ったものだ。見た目が好みだってだけで、つい誘ってしまったけど。あれ、そういえばこの子髪を切ったみたいだな。ずいぶん思い切って切ったようだけど、よく似合っている。―いや、黙ってないでなにか話さないと。俺達もうずいぶん黙ったままだ。挨拶して、そのときに俺が繁華街に向かってぶらっと歩こう、って口をきいたきりだ。まずいな。なにか話題がないだろうか。そういえば、エヴァンゲリオンがこの前封切りしたらしい。俺はそんなにこのアニメについては知らないのだけど、よかったら飯の前か後にそれっぽく観ないかって聞いてみようか。でも彼女は見た目全然アニメ好きっぽくないのだけれど。《あっ》葉の視線はこの時、人で賑やかなパチンコ屋に釘付けになった。≪今日ここのパチンコ屋がオープン日だったなんて知らなかった。俺としたことが何てうかつだろう。葉は賑やかな音楽が、人の出入りの度に入口から外に漏れてくる店の前を、ずいぶん歩調をおくらせて店内を覗き込ながら進んだ。その様子を見て凛が変な顔をした。≪おっ、出てる出てる。くそっ。この間の負けを取り返せるチャンスなのに。そうだ。この子に思い切って一緒にパチンコをやってみないかって誘ってみようか。もしかしたら以外と興味を持つかもしれない。

 いや、たぶん変な顔をするだけだろうな。この子の雰囲気からして休日にスロットやパチンコに繰り出すタイプではないもの。ああ、店が過ぎちゃた。今日は一人ならよかったのに。そうだ蒼に電話して教えてやろうか。葉は携帯を出した。日に一度は電話をかける蒼の番号は一番上に表示される。しばらく耳にあてて待っていると蒼が出た。


 きょうは土曜日、蒼(あお)にとってはクソみたいな仕事から自由になれる幸福な日であった。葉から電話がなったときはまだ眠っていた。眼を擦りながら用件を訊いてみると、二人で時々行くパチンコ店が今日新台オープンの日らしい。葉は都合で俺は行けないが、お前はどうだといった。

 数分話して電話を切ると、蒼はベッドの上で大あくびをした。しばらくぼうっとしてから起き上がり、目覚めの熱いシャワーを浴びるために浴槽に向かった。一人暮らしで、何ら気兼ねのいらない生活であった。いつ風呂に入っても、いつ飯を食べても彼の勝手である。それからドライヤーで髪を乾かしながら、窓の外に眼をあげた。さいきん続く気持ちのよい晴天だった。炊飯器に米がないので、朝からあまり気が進まなかったが、戸棚から買い置きのカップラーメンを出して湯を注いだ。腹は減っていたから胃袋を満たすために汁も全部すすった。そのあと、つまらないTVのチャンネルを変えながら蒼は思った。≪それじゃ、いっちょ儲けに行ってやるか≫


 葉の頭の中にはアクエリオンというパチンコ機種のリーチアクション時の光景がまざまざと浮かんでいた。「アクエリオン発進」の司令官の一声と共に、中央の液晶画面に堕天使と機械天使との戦闘場面が現れる。機械天使の有利になると(所謂リーチになると)ガラスの中で右端の役物の一つががくがくと揺れた。続いてその下の役物が揺れる。いい予感に彼は思わずハンドルを握る手に力がはいる。しかし非情な機械に希望はあっさりと裏切られる。そして期待しては再び裏切られ、それを何度も繰り返す内に、財布が軽くなっていくと、落胆で眼の前が暗くなるのを感じる。万札を苦いおもいでカードに変えながらはんばやけくその心情でいた頃に、突然待ちにまった役物が大合体したとき、それは大当りの瞬間で、そのとき彼の心はまさに興奮で震え、消えかけた炎に酸素を送られたような生命力を得た。それはひとえに、ここまで粘ってよかった、という犠牲が報われた事への喜びだ。犠牲が多いほどなし得た時の快楽は大きい。その喜びは周りへの配慮から決してひけらかさないが、その時の彼の黒い眼を覗き見ればいい。勝利の喜びできらきらと輝いているのを発見するだろう。彼は苦節の末我が勝利を噛み締める。これこそ彼をこのパチンコというギャンブルから離れさせないでいる理由だった。
 勝った、と彼は我が勝利に酔いながら思う。この台を選んだ自分の幸運を賛美しよう。また一つ経験から得たものに敬意を払いたい。
 そして心地酔い音楽が耳元で鳴り始めると、えも知れぬ恍惚とした気分で彼は玉がアタッカーへと吸い込まれて行くのを見、箱の中にじゃらじゃらと音をたて玉が増えていくことが快楽に変わる。

 私のこの表現を少々大げさにおもうだろうが、いや彼にとってパチンコはある意味聖なる特別な儀式であり、けして誇張ではない。人にとって何が大切なのかの分類分けをすることは、ただの時間の浪費である。その人の個人的喜びに触れることは他人には到底理解できないであろう。ただ共通していえるのは勝ち得た喜び方は千差万別であっても、その勝利の余韻は時が経ってもなかなか頭から去らない、ということである。
 葉は知らず知らず繁華街でその歓喜の歌「一万2千年のラブレター」を口ずさんでいた。
「誰の歌」と隣で凛が問う声にもすぐには気づかなかった。

 はて、声がしたけどなんだろうと思って振り返ると、そばに凛の小さな可愛い顔があった。一瞬彼女を忘れていた葉は驚いた。慌しい調子で「あっ、あれだよ。アニメの歌だよ」そこで葉はわざわざアニメのタイトルは口にしなかった。いってもわからないだろうと思ったからである。
≪ああ、焦った。忘れてた。今はこの子とデート中なんだっけ。しかしこれってデートっていうのかな≫

 凛はなんとなく退屈していた。最初期待していただけ、余計にそう思った。期待をしていなかったら特にこうおもいはしなかったのだが、この背の高いイケメンに誘われて何も期待するなというのはかねてから葉を気にかけていた凛には無理であった。リンは身長が153センチしかないことを少し気にかけていたので(だけど女ではそんなに低いわけではない)推察で180はある葉の横に並ぶと顔を見上げる格好になる。彼の鼻は高く口元は可愛かった。一目で好印象を与える顔には会社内で少なくない数の隠れファンがいた。
 しかし葉の見た目は反対に最初冷たい印象を人に与えることもあった。それは彼が人から話しかけられるまではめったに自分から話しかけないからである。それをルックスの良さを鼻にかけた高慢だと受け取る人もいた。しかし内実は彼ほど人当たりのいい人も少なく、最初の一声をかけるべく勇気をもてば、彼はその無表情の仮面の下から素朴で無防備な素顔を現すのであった。その点会社のおばさん達などは誰にでも気軽に話しかける。特に社内で気に入った男の子には頻繁に声をかける。それが自然と余計なお節介に及ぶに至ると、彼等はなんとも露骨にいやな顔を示したりするのだが。休日の腰が重い旦那に買物を押し付けるごとき巧みな手腕で、仕事を頼まれたりすることが頻繁になってくると、おばさん達からは自然と距離を置いた方が良いのだと彼等は気づくのだ。無論葉もそうであった。

 パチンコ屋を通り過ぎながら、大層中に入りたそうにしている葉を見て、凛は≪へえ、彼がパチンコが趣味とは知らなかった、以外≫と思いつつ、いや、以外でもないかと思い直した。≪そんな感じもあるにはあるわね。彼、煙草も吸ってるし≫彼女には煙草はパチンコのイメージとは直接ではないが、なにか不健康に関わり合うものとして繋がった。そこで彼女はこんどはじつは彼には不健康なイメージもよく似合うのではとの考えを抱いた。≪男は少しぐらい影があったほうがいいわよね≫ 

 そのときふいに元彼のことを思い出した。去年の冬彼女が半年しか付き合わなかった影のない25才の大人しい彼のことだ。彼は煙草を吸わなかった。理由は訊かなかったが毛嫌いしているのは見ていてわかった。パチンコもしなかった。友達同士の呑みの席でもビール以外のアルコールは悪酔するからと断った。見た目は好青年で趣味はローンで買った高価なデジカメで撮る風景写真と、自身のアメーバブログに掲載しているらしいつまらない詩だった。   

 ブログに写真と詩を載せていた。写真は彼の部屋にあるアルバムで見せて貰ったが、ブログのほうは教えられても遠慮していた。何となく自分の知らない彼の一面を知るようで、それが詩だと思うとなんだか気持ちわるかったからだ。
「詩とか書くってさ、なんか暗くない」と彼の車で家まで送ってもらいながら不躾にもそう訊いたこともある。
「なんでさ。歌詞だって詩じゃないか。音楽があるかないかの違いだよ」
 そう説明されても、何となく合点がいかなかった。それならバンドを組んだほうが全然いいのになと思ったからだ。彼とは些細な喧嘩で別れたが、彼女のほうが喧嘩するように上手く仕向けていたのだった。

 凛は葉を見上げた。

≪あたし、何かをうじうじ考える暗い人よりはもっと明朗な人が好き。この子はきっとそうだろう。だってなんにも悩みのなさそうな可愛い顔してるし。まだパチンコ屋の方を気にして見てる。おかしな子。しかしこの繁華街、パチンコ屋がやたらと多いわね≫その内彼がなにやら口の中で呟き出したので、凛はそれが節をもった歌だと気付いた。これがこの退屈極まりない沈黙を破るいいきかっけだと凛は思った。

 凛はそれをきっかけにだんだん口を開いていった。彼女はもともとよく喋る子であった。友達からちょっと喋りすぎだと注意されるほど、熱が入ると話が止まらない性格だった。ひとつの会話から、次の会話に移るまでに、彼女がその会話に盛り込む内容は彼女のそれまで得た経験、思想、はたまたネットやTVで得た情報や、噂話しの類まで、その思いつき全てを言い尽くすまでは止まらないのである。
「ちょっと思うんだけどさ、ほらこのあいだとうとう公表したでしょ?イギリスが公表した宇宙人はいない説を。もともと初めの宇宙人の到来っていうのはさ、アメリカのあの有名なロズウェルの写真から来ている訳じゃない?だからその写真一枚がその後の宇宙人の原型になったわけなんだ。そのためスピルバーグが映画未知との遭遇であの手長、短足、の宇宙人を演出する事になったんだけど、その後の作品ETにもそれは継承されてるよね。そうだよね、あっ、これはね、この間TVでいってたの。誰だったかな、その世界では有名人で名前は忘れたけど、UFO関係に詳しい人ってだけ言っておく。でその人の情報ではね、これだけ目撃情報があるにも関わらず宇宙人はいないって公式に言われてもさ、それじゃ、世界中のこれだけの目撃者はいったいなんなのってことじゃない?否定するならさ、あたしたちが世界でこんなに様々な形で見かける宇宙船っていったいどういうわけかと、その有名な人はどうにかその説明をしようとするんだけど、聞いてると全然ギャグなのね、それはSF作家の――」
 この凛の話が続く間、葉がこの無駄な長話にいい加減うんざりしているだろうかといえば、以外とそうではなかった。葉は凛のこの話を楽しんでいたし、雑踏で声が聞き取れなければ耳を傾け、あいずちをうち、時には自分の意見で口を挟んだりした。葉は元来おしゃべりは好きだった。それに二人だけの場合、隣で黙っていられるよりはよほどいい。これでかなり仲良くなれたと思って、会話の途切れに、じつはこの後の予定を何も決めていないことを凛に気楽に打ち明けた。彼女はそれならばこれからどこへ行くか一緒に決めようと答えたので、葉はそれならいっそのこと全部君に任せたいとまでいった。


 よく日曜日。
パチンコで2万負けた葉は腐っていた。フェンスに背をもたせて換金所で金を受け取っている蒼の背を見ていた。蒼の背中にはめったに見えない幸せオーラが漂っていた。蒼は大股でやってきて葉の傍に来ると同じように冊に背をもたげた。財布に万札を押し込んでいるのを面白くなさそうに葉が眺めた。
「いくら勝ったんだ」
「え。3万2千。3千で出たから、えーっといくら勝ったんだ。2万6千か」
 葉はどうも違うような気がした。しかし元来暗算は苦手だったのですぐに計算を放り出した。算数が数学と名前を変えたときに、この教科書を開くと眠たくなる学問にはさよならしていた。
「もうちょっと多い」と葉が不平をいうと、
「どうでもいいだろ、そんなこと。これはおれの金でお前の金じゃねえんだから」と蒼がいって歩き出したので、葉もすぐあとに従った。今日のスポンサーには黙って従いて行く。これは確かな人生哲学だ。
 そして蒼も黙って子犬のように従いて来る葉をけして邪険に思わない。≪この天からの収穫を二人でこれからどう享楽的時間を過ごすために使うべきか≫とほくそえんでいる。
 この場合何に使うかの決定権は無論蒼にあるが、それには葉の同意も必要だ。蒼の人生哲学は、幸福は隣人と分け合え、この聖書からの引用めいた言葉を実行すること、それが彼の幼少時から自然と備わって来た徳であった。

 葉達は葉っぱが散ってすっかり丸裸になった並木道を歩きながら昨日デートした女の子のことを話した。

 凛という女の子はとにかくよく喋る。彼女が崇拝しているのは、意外やエバと竹野内豊らしい。年上で渋い男が好きなんだそうだ。彼と俺とでは全然タイプが違うなといったら、それはそうであるが、と彼女は変な言い回しを使った。昼飯は彼女の勧めでイタリアンにした。映画にも行ったが、当然エヴァだった云々。
「マシンガンのように喋るって例えをたまに映画とかでも目にするけどさ」と葉はいってすぐ適当な言葉が浮かばなくて黙った。「あの子はそれ以上なんだ」

 蒼は葉の思案してる顔から視線を外すとタバコを足元に捨て、スニーカーでふみ潰した。

 再び視線を葉に向けても彼はまだ考えていた。

「マシンガンより連発出来るっていってもさ」と蒼は葉が何もいわないので、「もうないんじゃね?」と言った。

 葉は、まあ、そうかも、と言った。「それより速い例えってないかも」二人は再び歩きだした。
「またその子と遊びに行くのか」と蒼が訊いてきたので、葉は、

「たぶんね。まだよくわからないけど」と曖昧に答えた。
「パチンコのほうが面白いと思うけどな」と蒼がにやにやして言うと、葉は蒼のその何となくしゃくに触る顔は今日3万勝ったから出る言葉だと知っていたから、

「俺みたいに負けたらさ、パチンコなんかより女と遊んでる方がずっとよかったって思うもんだよ」と皮肉を込めていった。
 蒼は「奢るからさ。この店よろうか」と言って、ファミレスを指さした。二人はそのままファミレスへと入っていった。





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