【連作小説】星降る物語2 第四話 再び降りる星
前話
右大臣家と星の宮の生活も慣れてきた。たまに市で食材を買って帰る時もある。
食事作りにシュリンは満足していた。ユリアスはすぐに抱きつきたがるが、うまい具合にシュリンはさけていた。その抱き癖にもいい加減慣れてきた。いっそそのまま抱かれてみたらどんな感じだろうと思うが、怖くてできなかった。
そんな中メルがそっと紙を渡してきた。
「メル? 何か言いたいことがあるの?」
紙には今日がユリアスの誕生日と書かれていた。
「ほんとなの? じゃ、うんと盛大にお祝いしないと」
料理をどうしようかと大きく悩む。
悩みに悩んで祝い菓子を作ることにした。だが、一日かかる。星の宮をどうしようかと悩む。
アンテのもとへ向かうユリアスに伝言を託すことにした。
用事が出来て出仕できないと。ユリアスは不自然に思いながらも承諾して宮殿へ向かった。
そのあとシュリンは材料を買いに市へ向かった。
市には見慣れた商人たちがいた。買い物で知り合いになった者たちだ。
「今日はユリアスの誕生日なの。うんとごちそうを作りたいんだけど何がいいかしら?」
いろいろ、ああだ、こうだ、といって買い物を済ませると今や家と化した右大臣家にの台所にむかった。お菓子作りに一日かける。夕刻やっとできあがった。これを見たらユリアスは喜んでくれるだろうかと思いながら。その後自分が幼いころ誕生日で食べたごちそうをメルと作る。作り終わる頃は元右大臣も帰り、あとはユリアスのみとなった。
食卓に菓子とごちそうが並ぶ。だが主役のユリアスは一向に帰ってこなかった。
シュリンだけがいつの間にかその食卓の椅子に座って待っていた。すべては冷え切って食べても何も味もしないだろうが待っていた。
夜中を過ぎる頃ユリアスは帰ってきた。千鳥足で明らかに酔っている。
「ユリアス。お酒飲みすぎたわね。二日酔い止めを作ってくるわ」
立ち上がったシュリンの腕をユリアスはつかんだ。
「今日がなにか知ってるか? 呪われた俺様の誕生日だ」
「知ってるわよ。だから祝い菓子まで作ったのに。帰ってこないんだから」
「好きでもない男のために祝い菓子を作るのか?」
「好きでもないって、いつ、言ったのよ」
シュリンが憮然として言うとユリアスはシュリンを抱き上げた。
「ちょっと。色ボケ男。なにするのよ」
「なんとでもいうといい。今日こそ」
ユリアスは私室へ向かうとシュリンを抱き上げたまま扉を蹴りあけた。
寝台の上にシュリンを置く。そのまま覆いかぶさるようにするとシュリンの唇に口づけする。
シュリンの容赦ない平手打ちがユリアスのほほにあたるがユリアスは動かない。
シュリンはいつぞや言っていた大事なところに一蹴りお見舞いした。一瞬力が抜けたユリウスの手から逃れてシュリンは寝台から逃げた。
おびえた瞳と狂気の瞳がぶつかり合う。
ユリアスが顔をそむけた。
「なんとでもいえばいい。もうこの家に飯炊き女はいらん。どこでも出ていけ」
吐き出すように怒鳴るユリアスからシュリンはとっさに右大臣家を飛び出して逃げ出していった。ずりずりと扉に背中を預けてユリアスが座る。
「すまん。シュリン。しょせん星降りはまやかしなんだ。俺は・・・俺は・・・」
がっくり首を落としてユリアスは独り言をつぶやいていた。
シュリンはどこまで走っただろうか。右大臣家の衣装が足に絡みついてうまく走れない。
そんな中、シュリンはどんと人にぶつかった。
「すみません」
急ぎ謝って立ち去ろうとしていたがまたもや腕をとられた。
もう今日はなんだっていうのよ・・・。
「ほう。これが我が弟の婚約者か。ということは嫡男にもどる俺様のものだな。女。俺の妻になれ」
はぁ?
疲れた頭の中でシュリンは下品に突っ込んだ。
「弟って・・・。あなた誰?」
「なんだ。知らないのか。五年前、廃嫡扱いにされて国外追放された兄だ。 セスも不幸な奴だ。星読みになど引っかかって。星降りなんてまやかしだ。俺は実力で成り上がってやる」
「だったら私も必要ないじゃない。星読みも星降りも信じないで実力なら」
「都合いいんだよ。一度でも星降りを起こした女を妻にすると」
「シュリン!!」
振り返るとユリアスがいた。先ほどの狂気をはらんだ瞳でないいつものユリアスがいた。
「兄上。シュリンを離せ。星降りは私とシュリンに起きた。アンテ様も見ている。地位などいくらでもくれてやる。シュリンを離せ」
「そう簡単にやれないな。お前の命と引き換えだ」
「俺の命なんて大したことないじゃないか。優秀な長男に期待されない次男。兄上さえ前王殺害計画など立てなければ廃嫡にはならなかったんだ。俺は日の目のみない次男。跡継ぎになんかなれやしなかった。兄上さえまともだったらよかったんだ」
シュリンはそのユリアスの言葉に愕然としていた。まさかユリアスの兄が廃嫡になったとは。ユリアスがずっとプライドを傷つけていたとは。形が違えどうっくつしたものをユリアスもシュリンも持っていた。傷をもっていたから分かり合えたはずの仲。それなのに自分は逃げた。最低だ。シュリンの頬から涙が伝う。
「兄上。早くシュリンを離してくれ。俺はどうなってもいいから」
「どうやら弟はお前を好いてるようだな。ふん。そんな他人の物、面白くもない。行け」
背中をどんと押されてつんのめるようにしてシュリンはユリアスのところへ向かった。
「ユリアス!」
「先ほどはすまない。どうかしていた」
「いいわ。それより命って・・・」
「そうだな。シュリンの顔を見るのは今夜が最後かもな」
そう言って優しく唇に接吻するとユリアスは兄のヴィスに向かっていく。
「なに。殺されに来たのか。いい。この剣で一突きで殺してやる」
「ユリアス!! いかないで!」
シュリンは気づいた。この切羽詰まった時に限って。ユリアスを愛していると。命奪われんという絶体絶命の時に気づかされた。どうして人間は愚かだろうか。ぎりぎりになるまで気づかない。
「好きなの!! ユリアスじゃないとだめなの」
「シュリン。ありがとう。それで私は構わない。お前を助けられるならなんでもする」
「ユリアス!!」
一人で納得して死のうとしているユリアスがもどかしかった。駆け寄ろうとするとヴィスが剣を見せた。
「近づくとこれで殺す。まぁ・・・近づかなくてもな」
「ユリアス! 聞いて。私もお兄様と同じことをしたの。半年前ミズキ様の毒殺未遂を起こしたの。私は助けてもらえる命じゃないの。ユリアスよりけがれているの。罪深い女の。命を捨てないで!!」
「ほぉ。お前も正妃を殺しにかかったか。同類だな。弟より俺のほうがいいぞ」
暗くてよくわからないがヴィスがにやにやと笑っている気がした。
「知ってる。それでも好きなんだ。さぁ。刺せよ。その剣で。殺したいんだろう?」
そう言ってユリアスはヴィスに体当たりした。
「なっ」
ヴィスの剣はユリアスの腹に突き刺さっていた。
「ごめん。兄上。兄上にも譲れないものがあるんだ」
そう言ってユリウスはずるずると体を落とした。
暗くて見えないが血があたりに広がってるのはすぐにわかった。止血しないと。シュリンは服を切って包帯を作った。駆け寄って止血する。
「無駄な。もうそいつは動かない。やってやった。うっとうしい男を一人殺してやった」
そう言って高笑いするがシュリンの耳には入ってなかった。その時一斉に明かりがともった。たいまつがぐるりと三人を囲んでいた。
顔を上げてシュリンは助けを請う。
「アンテ様!」
涙ぐむシュリンンにアンテはうなずく。
「すぐに医師に診せよう。まだ間に合う。そうだ。星読みがまた予言した。再び星降ると。お前が持っておきなさい。星の石を。星降りを起こすのはお前たちだけだ」
シュリンは今度こそしっかりと小さな古ぼけた箱を受け取った。ふたを開けて星の石を取り出す。
「どうか。ユリアスの傷を治して。ユリアスを助けて。私はどうなってもいいから」
一心に願って星の石に触れる。
ゆらゆらと星の石は光り始める。その石の存在に気付いたヴィスはすでに縄にあっているのに悪あがきする。
「その石をよこせ。俺が王となって世界を征服するんだ!!」
「星の石は罪作りだな・・・」
アンテがつぶやく。
いつの間にかいたミズキは石をのせているシュリンの掌にユリアスの掌を重ねた。
ゆらゆらと光は大きくなりいつしかその近辺を照らすまでなった。どれだけの時間が経ったか。金属音がした。ユリアスに刺さっていた剣が抜け落ちていた。
出血死するとシュリンはあわてたがミズキはその手を止めた。
「シュリン。ありがとう。気持ちが伝わったよ」
半身を起こすとシュリンを抱きしめる。
「よかった」
それだけ言うとシュリンはしゃくりあげながら泣き出した。
「シュリン。私は無事だから。泣かないでくれ」
「助かったんだから・・・泣かせてよ」
シュリンらしい答えにユリアスは苦笑いする。その時星が降ってきた。空一面から星が降ってくる。
「二度も降らせたか。お前たちは大物だな」
伝説の王すら一度の星降りだというのにこの組み合わせは何度でも降らすようだ。
「二度も降らせたのだから式をとっととするんだな。仲人は私がしよう」
「アンテったら」
アンテのせかす言葉にミズキが笑う。
「女は式に準備が必要なのよ」
「お前は半年ときたからな」
「いえ。私はそんな大きなことは・・・」
「遠慮しちゃダメ。ユリアスはすべて知ってるわよ。それでもあなたを受け入れたの。おとなしく一生に一度の準備して嫁ぎなさい」
ミズキが正す。
「すべて? ユリアス?」
「ああ。知ってる。お前の罪を。先ほど聞くまでもなかった。すでにアンテ様からお前のことはすべて聞かされていた。フレーザー国の王位継承者でセスが星の石を狙ってることも。頼まれて星の宮に行くと星降りが起こった。自分でもびっくりした。こんな役立たずにも幸せが来ると。本当にそうなればよかったと思っていた。ずっと好きだった。だが私は優秀でないただのどら息子だったから高根の花だった。まさか星の石で導かれるとは。幸運だった。実際にお前を妻にできるんだからな」
「ユリアス・・・」
シュリンは一瞬目を潤ませたがすぐに話の矛先を変えた。
「でもミズキ様の女官はやめませんからね」
「やっぱり?」
「やっぱり」
きっぱりと言い切るシュリンにアンテとミズキが小さく笑う。
「私も人馬宮に住みたい・・・」
ぼそっとこぼした言葉にシュリンが微笑う。
「私たちの家はもうあるじゃない。通勤がいささか混雑しても大丈夫よ」
その言葉にユリアスが納得する。
「さて。こんな朝方の市街地にいるとは大事になる。私たちは退散しよう。また陽が昇って一刻たってからだな」
アンテがしめる。
「その前に誕生日を祝わないと」
「シュリンは頑固だな。相変わらず」
立ち上がってシュリンの手を握ったユリアスがいう。
「色ボケじじぃに言われる必要はありません。まるまる一日かけて作ったんだから。冷めたっても温めなおすわ。根性入れて」
つんとシュリンがそっぽをむく。
それから思い出したように星の石の箱を二人で元の持ち主に返す。
「これはお二人に」
「うむ。振り回してすまなかった」
「いえ。おかげで大事なことに気づかされました。愛する心を」
「シュリン」
ユリアスがシュリンのこめかみに口づける。
「こら。また色ボケして」
「こんなので色ボケといわれるいわれはない」
「あります」
「まぁまぁ。今日は出仕しないで誕生日祝ってなさい。星降りの日ぐらい休みなさいよ。これは命令ですからね」
「ミズキ様ずるい」
なんとでも、といって王と正妃は星の宮に帰った。
「私たちも帰りましょうか」
「そうだな」
握った両手には幸せがこもってた。似た者同士。同じような心に悩んで何も望めなかった心。人一倍さみしい癖に強がっていた心。いま二人より添ってやっとつかんだ暖かな心。忘れない。この心を。愛するという心を。星は夜が明けようとしている中、まだまだ降り続いた。
そういえば、とシュリンが聞く。
「頭を撫でていてくれたのはあなた?」
「泣き声が聞こえていたからたまらず部屋に入った。すまない」
「いいえ。ありがとう。あの暖かな手で私に春が来たんだもの。ミズキ様より幸せな式をあげるわよ」
「好きにしてくれ。お前の好きなようにしてやる」
「ありがとう」
そう言ってシュリンはつま先立ちするとユリアスのほほに口づけした。
「ここから先は当分お預けね」
ちぇ、とユリアスのすねた声を聴きながらシュリンは新しい家に戻り始めた。
星だけがまだ降り注いでいた。
あとがき
遅れましたー。昼間に更新と思っていたら頭痛で仕事早退などなり、あとYを求めに出たりとかいろいろあって落ち着いたころには魚のご飯。食いつきの悪いファイヤーテトラに悩んでるうちに夕食。一日一回でいいのかしら。何度と思いながらやっと更新作業です。現在のギャグ路線とは違ったシリアス路線にうーん。昔はなかなかやっていたな、と自分に感心したところです。今や、行き当たりばったりの話ばっかりですから。よく五千字も書いたもんだ。唐突に兄貴が出たりしますが。都合よくああつかまるもんかね。しかし都合よく、星読みがいるしね。次は前後編の短いものです。イラストはやっぱり作ったのですが、そこそこかわいいかと。ほんわかイラストでした。相変わらずGTPさんですが。内容はそれが存在する前の作品なのでまったく関係ございません。星降りは全21話。GTP以前の作品です。だから、今の作品の傾向もない。娯楽ラノベなのでした。趣味に走ってる。あるあるストーリーなのでした。それではここまで読んでくださってありがとうございました。