【再掲連載小説】恋愛ファンタジー小説:ユメという名の姫君の物語 第十一話 -ユメ-しばしの別れ
前話
数日、サンダー一行は宮殿にいた。私とタイガーは森に出かけたり庭園でアビーと散歩したり、平和な時間を過ごしていた。庭園の迷路はいつの間にか入り口も出口も覚えるほど私達は行ったり来たりした。縁談の「え」の字も出ず、私は「婚礼」というプレッシャーに惑わされることなく時は過ぎていった。
そして、ついに別れの時が来た。周りは私達に気を遣ったのか、ひととき二人きりになった。アビーも一緒に。タイガーは一冊のノートを手渡した。
「何?」
めくってみると子猫の飼い方が手書きで書いてあった。
「アビーに何かあってもすぐに来られないからね。ここにいろいろ書き留めておいた。参考にしてくれればいい」
「ありがとう! 大切に読ませてもらうわ」
そこで私達はお互い、視線を外せなくなっていた。じっと見つめ合う。「ちゅー」と言うにはあまりにも真剣すぎる時間だった。最初に目をそらしたのはタイガーだった。そして微笑む。
「きっと、恋人同士のキスでも周りは期待して見てるよ」
「え?」
慌てて周りを見渡すと、そこかしこに隠れたお父様達の気配がたどれた。
「もう。じゃ、私からのお礼の『ちゅー』」
少し背伸びしてタイガーの頬にキスをする。
「ありがとう。いい思い出になるよ」
「思い出なんて言わないで。また会いましょう。あなたとまた話がしたいわ」
「俺も。国に着いたら音だけ通じ合わせるものがあるからそれを送るよ」
「ありがとう。タイガー。大好きよ」
そう言って思わず、首に抱きついて凍り付いた。
私、何してるの? タイガーは同志よ。恋人じゃないわ。
「シャルロッテ。凍るようなことは辞めた方がいいよ。周りの期待値もあるがるし」
優しく腕を戻してくれる。私の顔は真っ赤だ。
「そんなシャルロッテも好きだけどね」
そう言って彼はさっと唇を盗むと帰りの車に乗った。
そして、彼は去った。アビーと私を残して。ノートの端から紙が落ちた。
”君の常夏の国もいいけれど、俺の国ではもうすぐサクラが咲く。見に来るといいよ”と……。
「サクラ……」
口で言葉を転がしてみる。なんだか懐かしい気がした。見たことがあるような、気がした。さっと記憶の中で薄紅色の花弁の記憶が流れていった。
「ユメの記憶?」
いつのユメかもわからない記憶。ユメという姫君は何人もいたらしいけれど、詳しいことはどこにも書いてなかった。ただ、ユメと言う名前だけが共通点だった。
不思議な感覚に気を取られて立ち尽くした私だった。