【再掲載連載小説】気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (12)再編集版
「ふーん。そういった本がウルガーは好きなんだ」
東屋に来てから時間が経って、二人きりに慣れない私達は持ってきた本をお互い読むだけになっていた。おしゃべりする目的はなくなっていた。たまにウルガーは果物に手を伸ばすが一つの種類に絞られていた。
「ウルガーは葡萄が好きなんだ」
「ああ。それが?」
「私も葡萄が好きなの。皮ごと食べられて種のないものが」
「そんなものがあるのか?」
何気なく話しただけなのにウルガーが大きく反応した。
「この国はないの? こんなに発達してるのに」
「種のないものなんてないさ。どうやって種を増やして田畑を作るんだ?」
「あ。そっか。種から作るんだもんね。私もどういう仕組みかはしらないけれど、いつの間にか出来てて売られていたのよ」
「へー。でもそれはゼルマとしての国じゃないだろう?」
暗に私が別の家族と住んでいた世界を指していた。
「そうね。時々、そう言う知識が出てくるの」
「つらくないか? 失った物を思って」
ウルガーが心配していた。
「思うわけないでしょ。私はウルガーの元に行きたかったんだから」
隣に座り直すと頬にちゅーする。
「ゼルマのちゅーだ」
もう。顔が崩壊している。そこまで喜ばれるとくすぐったい。
「俺からもちゅー」
「いたしません」
また向かい側に座り直して隣に体重をかけたウルガーは椅子とちゅー。
「ゼルマー。からかうんじゃない。俺も男だぞ。しかも成人した」
「一年の間に成人しちゃったのね。面白くないわ」
頬を膨らませると今度は隣にウルガーが座ってちゅーするわけでもなく、頬を突く。
「こっちは若い姫が妻で大いに嬉しいんだけど?」
「ロリコン」
「なんだ。そのろ・・・とかいうのは」
「これもこの世界にない概念だから教えないー。どうしてかしら。ゼルマとしての記憶より前の記憶の方が強いだなんて」
「その内、元に戻る。それにどっちのゼルマも変らない。好きになったゼルマはそのまんまだから」
「そのまんま?」
思わず顔を向けて聞き返す。
「チャンス」
すかさずちゅーされる。ただの遊びのちゅーだ。子供同士がするような。まだ、そんな間柄なのだ。私達は。ただ、心は強く結びついている。いろいろな事を一緒に経験してきたから。闇の心もそう。今は、私が持っているのかもしれない。過去世というものを。あえて言うなら過去世だろう。
「ゼルマ。つらいなら泣いてもいいんだ。ここには誰もいない。俺とゼルマだけだ。人払いはとっくにしている」
「ありがと。ウルガー」
今度は私がウルガーの唇に触れる。
「今度は私が闇持ちみたい。でも、これはウルガーと添い遂げられたら開放される。そんな気がするの」
そう。無意識の世界で死を体験するまで深く関わればまた元の世界に戻っていくんじゃないか、って仮説をたてている。そんなようなことが夢の世界にはあるのだ、と何かの本で読んで気がする。ウルガーと離れるのは嫌だけど。
「そうか。お姫様。そんな子供だましのちゅーでいいの? もっと大人なちゅーしない?」
ばこん。
急にまたちゅー王子に戻ったウルガーに木のお盆が炸裂する。
「痛いなー。優秀な頭がどうにかなったらどうしてくれるんだよ」
「隠れた才能がまた埋没するだけよ」
「今日のゼルマはひと味違うな。これが戻ってきたゼルマ、ってとこかな?」
「ひと味?」
首をかしげているとお姉さま達がやって来た。
「やっぱりここね」
「お姉様! お見合いは?」
「続行中よ。若い二人で話してきなさい、って。今更、若いも何もないのにね。で、どうせなら恋を謳歌している恋人達のところへ行きましょうって来たのよ」
「どうしてここが?」
「ゼルマの事だから華の宮にも東屋があれば行きたいって言うと思ったの。案の定、二人で恋人してるわね」
「え・・・と。あの、やりとりを?」
「ええ。見ていたわ。侯爵様と」
「恥ずかしいー」
顔がほてる。きっとユデダコになっているに違いない。
「あら。ウルガーは?」
「侯爵様とお固いお話のようね。真面目な方だからウルガー様と話している方が気が楽なんじゃないかしら?」
「えー。お見合いなのに?」
「あら。ゼルマ。まるで子供みたいね。いつもと雰囲気が違うわ」
「やっぱり? ウルガーにも言われたのよ。今日のゼルマはひと味違うね、って」
「一年間の間にあなたには何かがあったのね。私のように。だから、気にしないでいつも通りの私の妹でいて頂戴」
「ええ。お姉様の妹でいられることが何よりの救いよ」
「俺の妻の方がランク上じゃないの?」
「ウルガー。今の、聞いて・・・」
「たよ。俺の妻になる人。姉上よりは上にしてくれよ。さぁ、君の家族がもう一人増えるようだ。アウグスト侯爵兄上だよ」
「王太子妃殿下におられましては・・・」
「待って! まだ結婚してないわ。妃殿下はやめてー。おばあさんみたいだもの」
「妃殿下をおばあさん・・・」
今度お兄様になる方がぽかん、と口をあけている。お姉様が口を閉じさせる。仲睦まじい雰囲気がでていてこのお見合いは成功したのね、とわかる。
「あ、いえ、おばさんくらいかしら?」
さらに墓穴を掘る。
「綺麗な女の子でも俺と結婚したら妃殿下なの。若いからって周りをおじいさん扱いは止めてくれよ」
「あ。そっか。私一人、十七歳なのね。皆様、成人してるのね」
こけー、と私の天然ボケに大人達はこける。
「もう。今日のゼルマは絶好調だね。天然ボケが冴えてるよ。そこが可愛いんだけどね」
そう言ってつむじにちゅーする。くすぐったい。頭に手なんか置いてるし。
「ちょっと。一番若いからって侮らないでよ。何が飛び出るか解らないんだから」
「そこもまた気に入ってるところ」
ウルガーがちゅー王子に変身してるのでローズウッドのお盆で応戦する。
「その必殺技、婚礼の夜に持ち込まないでよ」
「婚礼なんてずーっと先よ。本だって読破してないんだから」
そう、さっきから読んでいた本は戻る前に渡されていた婚礼に関する本だった。あれを必死で読んで覚えているのだ。婚礼の前に婚約式があって、木の枝を集めたものを交換し合うみたい。それが婚約を交わした証として婚礼の日まで守り抜かないといけない。燃やされたりすると婚礼は行われない。嫌な予感がしていた。華の宮に毒を盛った人間がいる。そしてお父様の家にも。きっと木の束もその辺に置いておくと燃やされる。妨害される、と感じていた。
「どうしたの? 俺のゼルマ。急にしかめっつらして」
「え? この可愛い顔のどこが?」
「よく言うよ」
「図々しいとはよく言われるわよ」
私とウルガーの言葉の応酬に侯爵様は絶句している。
「いつもこんな風にしてるのですか? 妃殿下」
「だから。今はただのゼルマ。フローラお姉様の妹。あなたにとっては従姉妹です。敬語もなしですよ」
「そう言うあなたも・・・」
「ゼルマはこっちだけ向くの」
四人でがやがやと騒ぐ。そこへお父様と二人の方、おそらくウルガーのご両親。国王陛下と王妃殿下が来られた。
「楽しそうですね」
王妃様が言う。カチンコチンに緊張した私は固まっている。その肩をウルガーは軽く叩く。緊張する必要はない、と。でも緊張するわよ。初対面ですもの。
「こ・・・国王陛下、妃殿下様においては・・・」
カチンコチンになって今度は私がかしこまった言葉を発し始めると、ヨイヨイとでも言わんばかりにお二人は手を振る。
「いずれ、娘になる姫。遠慮はいらぬ」
「と、申されましても・・・」
「ゼルマ。あの本はどこまで読んだの?」
王妃様が話の筋を変える。頭の良い方だわ。
「えっと・・・。木の交換式のところです。あの辺りは言葉が難しくて、なかなか読み進まないのです」
「こんなに綺麗に話せているのに?」
「はい」
と、言うしかない。ある日、突然しゃべれるようになったんだもの。
「突然、話せるようになったのです。母の遺髪を持って帰るまでは片言程度でした」
「不思議な事もある物ねぇ」
「はい」
神妙な面持ちで私は答える。
「まずは、そこを読んで理解できないと婚礼は先ね。フローラの婚礼の方を先にして見ればよくわかるわね」
「そんな。お姉様を練習台にはできません」
「あなたにはまだ実のお父様とお母様の葬儀の儀式がまだだったわね。それを先に行いましょう。そうすれば気持ちも落ち着くはずよ」
「王妃様?」
なぜ、いきなり葬儀の話しが出てきたのか不思議になって聞き返す。
「この国に来て数ヶ月で行方不明になって一年後にまた現われては心の安寧もないでしょう。ウルガーが華の宮で仕事をすると言い張ったのもそのことがあるからよ。一年、こちらで経ていてもあなたにとってはただの数時間だったと聞いているわ。そんな状態では心の整理もつかないわ。まずは、一つずつ、こなしていきましょう」
「王妃様・・・」
「お母様と呼んで。もう、あなたは娘も同然よ。ウルガーの闇を追い払った姫なのだから」
「知って・・・」
ウルガーも驚きの表情で見る。
「知ってましたよ。ずっと昔から。でもウルガーは心を閉じていた。母の私では追い払えない物をゼルマ姫は追い払った。それだけで花嫁の資格は十分よ。今はあなたが闇を抱えている番ね」
「どうして、それをっ」
私は驚くしかなかった。鋭い観察眼を持っている方だ。畏敬の念が現われる。
「見ていれば解りますよ。瞳の奥にかげりがありますからね。でもウルガーと一緒なら大丈夫なのでしょう?」
「はい。その通りです。闇を抱えようがなんだろうが、ウルガーのためだけに戻ってきたのです。きっとウルガーと添い遂げた後にこの闇は光になります。解るんです。時々、そう言うようなことが。思い付いているだけかもしれませんが」
「いいえ。あなたはどこか異邦人の香りがするもの。ゼルマ姫の生まれ故郷でもなくこの世界のどこでもない異邦人の香が。その直感の通りに生きなさい。きっとウルガーが助けてくれるわ。医術の勉強もしてますからね」
「母上!」
今度はウルガーが驚愕する番だった。
「あなたが読んでいる本は医術ばかり。幼い頃からね。エルノーだけが知ってると思っていたのね。残念ね。母もそれぐらいは解りますよ。レテ姫の件であなたは心に陰りを得てしまった。それを追い払おうと医術を学び、そしてゼルマ姫に出会った。その事が、大きく運命を変えたのよ」
「王妃様?」
「母上?」
何か開けてはならない箱がそこにあるようだった。不思議に思って私達は思わず顔を見合わせていた。
「そうね。あなた達に私の一族のことは言ったことはなかったわね。あなた、言っても差し支えないわね? ゼルマ姫は物語師よ」
「物語・・・師?」
みんなで不思議そうな顔をする。私も不安になる。ぎゅっとウルガーが手を握ってくれる。
「みんなで話すには東屋は狭すぎるわね。華の宮でお話ししましょう。フローラ達もいらっしゃい。話すときが来たわ」
皆で華の宮に移る。そこはカシワの宮だった。ぽっ、と柏餅が浮かんだ。この世界にはないものをこうして思い出す。そのたびにここの世界の人間でないと思い知らされる。
「ゼルマ。思い出のある庭園になるのね。このカシワの宮は」
「はい。その木の葉をつかって食べるお餅がありました」
「そう・・・」
王妃様は言いよどんでいたけれど、ついに口を開いた。
こちらも超長いのでちまちまと再掲載分を乗せていきます。これがないとユメ姫は理解できないので。でも、かなり、前の方なのでまだまだです。29までが四巻でそのあとまだ五巻分を割らないと。いっそ一万字ごと載せたい。でも読むの疲れそうで。たまにでてきますのでよろしくお願いします。昼寝ができないのでこれもアップしちゃえーとしてます。更新日以外はこのようなものを掲載していこうと思います。当分これ、終わりませんし。ユメ姫より長い。再掲載もんばかりですみません。新作を書いている暇がない。最後の眠り姫はまた明日。ここまで読んでくださってありがとうございました。