セリーヌ・ソン - パスト ライブス/再会(2023)Past Lives
2024年、ゴールデン・グローブ賞ドラマ部門作品賞、主演女優賞(グレタ・リー)、監督賞(セリーヌ・ソン)、脚本賞(セリーヌ・ソン)、非英語映画賞の5部門ノミネート。アカデミー賞でも作品賞、脚本賞の2部門ノミネートと、本作が長編デビュー作ながら、静かに華やかにデビューを飾ったセリーヌ・ソンの『Past Lives』。幼なじみとの24年ぶりの再会を描いた本作が、めちゃくちゃ人生といえる作品で大好きだった。監督の実際の経験によって、韓国生まれ、海外移住、夢を実現するために歩む人生とそれによる選択が描かれる。
冒頭、バーでお酒を飲み交わす3人組。アジア系の男女と白人の男性ひとり。アジア系のふたりは母国語で話しており、白人の男性の存在感は薄い。このミステリアスな関係性と複雑なアイデンティティを想像させるところから始まる。ときは24年前、韓国・ソウル。12歳、泣き虫のナヨンとナヨンを慰めるヘソンのふたりのやりとりは微笑ましいけれど、ナヨンが家に帰ると両親に英語名(ノラになる)を決めたこと、海外への引越しが決まっていることが明かされる。(ここでの父の書斎には、ジャック・リヴェット「セリーヌとジュリーは舟で行く」のポスターが飾っており、このあと駆け抜けていく不思議な時間軸を思わせる。奇妙な時間の体感。)最後の日に、ナヨンはヘソンに「さよなら」を言えないのだけど、これが36歳まで引きづられていくのがとても巧妙なしかけだな〜とおもったりした。24歳でのオンライン上の再会でのあっさりした、あまり深みを感じさせない演出は、実際のふたりの関係性を表すのかもしれない。いくら話しても埋まらない物理的な距離、あっというまに経ってしまう時間、電波は途中で途切れて固まってしまうし。それでも日々生活を続けなければいけないし、夢は待ってくれない。ここでヘソンもノラも、互いの生活を放り出さないというところがたいへん好感。ノラが連絡を取り合うことをやめようと切り出したあと、涙を流したノラの顔を横から捉え、そのあとニューヨークの街に差し込んだ朝日を映し出したとき、これは正しいのだと思わされた。そして、また12年後の36歳。アーティスト招聘プログラムで出会った作家のアーサーと結婚して7年経っていたノラのもとに、そのことを知りながらもヘソンが会いにやってくる。「運命の恋」というものはずっと描かれてきたし、これからも描かれるだろうし、それによって傷つくひとがいるということももちろん人生だし理解できるけれど、この映画は陳腐な三角関係でもなく、男ふたりが主人公を取り合ったり、所有物のように扱うということはなく、一夜の間違いも後悔もない。愛は現在からどこか/もしくは幸福に導いてくれる救世主にはならないし、唯一の正しい道でもなくそれが間違った道だと糾弾することもない。ノラは、24歳のとき、自分の将来を優先したが、それは36歳になってもなお変わっておらず、ヘソンと会った夜、不安がるアーサーに「稽古を放り出すなんて、わたしじゃない」と言えることは、ノラの強さであり、カッコ良さだとおもう。彼女は、突然目の前に現れた過去の亡霊に惑わされはしても、彼女は彼女であり続ける。ヘソンへの愛も、アーサーへの愛も、そして自分に対する愛もきちんと所有し続けられる。恋愛はすべてではないということをこの再会ストーリーで描くのってすごいことだ。そしてアーサー。自分のパートナーが初恋の人と会っているあいだ、彼はひとりでゲームをして家で待っているという幼さを感じさせる演出、そして自分が「運命の人」とパートナーを引き裂く「悪役」を引き受けることを想像している彼が、彼女の寝言が韓国語であること、自分が入りきれない、理解しきれない感情をもつ相手であることを、明らかな痛みを通して理解しようとするキャラクターであることがスクリーンに登場する時間が一番短いながら強烈な印象だった(またしてもジョン・マガロ!)
ノラにとってヘソンは、かつて、韓国人であった自分を知る人物であり、韓国人であったことの過去に対する愛でもある。12歳、「さよなら」が言えなかったあのとき、あの場所に置いてきた少女(韓国人としてのアイデンティティ)を知る人物と向かい合い、きちんと「さよなら」をするということ、それによってノラは未来へと歩みだすことができる(「さよなら」と涙とともに)ことを描いたラスト(ウーバータクシーは、左に向かうのに対し、ノラの進行方向が右へ向かっていくという演出。左は過去、右は未来という西洋の時間軸に沿った演出がそのことを示唆している絶妙な素晴らしさだった!)は、残酷でありながら美しいとおもう。いつでも「選択」によって築かれた現在でしかないこと、だからこそ、いまここにいるという事実を祝福しよう。
Past Lives, 2023, 106分
監督:セリーヌ・ソン
出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ
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