【大人も楽しめる童話】せっかちなカメと のんびりやのセミ
「いいお天気ですねぇ」
「そうじゃのう。60年前に,
わしらが出会った日も,
こんな天気じゃったのう」
アオウミガメのカメ吉じいさんと
カメ子ばあさんが,砂浜に上がって
甲羅干しをしながら,仲よく話していました。
2匹とも80歳の,カメの夫婦です。
もう長年連れ添っている,
ベテラン夫婦なのです。
スチャチャチャチャ…。
「あぁ,早くしないと。
また会合に遅刻しちまうぜ!
急がなきゃ、急がなきゃ!」
カメ吉じいさんとカメ子ばあさんの前を,
ひ孫のカメトが海に向かって
足早に駆け抜けて行きました。
カメとは思えないほどの速さです。
「またカメトのやつ,あんなに急いで
どこに行くんじゃろうか」
「ホントにねぇ。しかし,どうしてあんなに
速く歩けるんでしょうかねぇ。
若者にとって,甲羅は重くないのかしら」
カメ吉じいさんとカメ子ばあさんは,
海に入って行くカメトの後姿を眺めながら,
話していました。
「最近の甲羅は,わしらの時代と違って,
軽くできてるってことじゃよ。
だからあんなにスタスタ歩けるんじゃろうね」
「あれま,時代は変わったんですねぇ」
その頃にはもうカメトの姿はありませんでした。
2匹は昼の日差しの下,
いつしかまどろんでいました。
しばらくして,海からカメトが戻って来ました。
「まったく,冗談じゃないぜ!」
カメトは怒ったようにぶつぶつ言いながら,
またスタスタと早歩きで
通り過ぎようとしました。
カメ吉じいさんとカメ子ばあさんは,
カメトの声で目が覚めたようです。
「これ,さっきから何を急いだり,
怒ったりしとるんじゃ。
じいが話を聞いてやるから,
ここに座って話してみぃ」
「そうですよ。たまにはゆっくり
甲羅干しもしないと,病気になったり,
甲羅に藻が生えたりしてしまいますよ」
カメ吉じいさんとカメ子ばあさんは,
カメトを引き止めました。
「ひいじいちゃんとひいばあちゃん,
そんなとこにいたのか!
全然気づかなかったぜ」
カメトはようやく足を止めました。
「そんなに急いでどこへ行って来たんじゃ?
まったく最近の若者は,
何をそう急いどるんだか…」
「そうですよ。私たちカメは,
ゆっくりした動作で代謝を低く保っているから
長く生きられるというのに,
若いうちからそんなに急いでいると,
早死にしちゃいますよ」
カメ吉じいさんとカメ子ばあさんは,
カメトの場所を空けるように,
ゆっくりと移動しました。
「そんなこと言ったって,
オレはいつも忙しいのさ!」
カメトは2匹が空けてくれた場所に,
ヤンキー座りをしながら答えました。
「これ,いくら甲羅が軽くできてるからって,
そんな格好をして…」
「はっはっは,甲羅の重みで
後ろに倒れないように気をつけるのじゃ」
カメ吉じいさんがそう言い終わる前に,
カメトはバランスをくずして,
「あぁッ」と言いながら
後ろにひっくり返ってしまいました。
「ほらほら,言わんこっちゃない」
カメトはひれのような手足をばたつかせて
起き上がろうとしましたが,
なかなか起き上がれません。
カメ子ばあさんがのろのろと動き出し,
カメトのひっくり返った甲羅を口先で持ち上げ,
助け起こしました。
「ひいばあちゃん,サンキュー。
おかしいな,子どものころは
ひっくり返っても自分で起き上がれたのに…」
カメトが首をかしげていると,
どこからかセミが飛んできて,
カメトの甲羅にぶつかりました。
「痛たたたた…」
「なんだよう,痛いのはこっちだぜ!」
カメトの甲羅の上をすべり落ちそうになって
もがいているセミに,カメトは言いました。
「あっ,とんだ失礼を。すみません。
なにやら楽しそうなので,
木から皆さんを見ていたのですが,
つい手がすべって,
木から落ちてしまいました。
私,ミンミンゼミのサミーです。痛たたた…」
セミが自己紹介をしました。
「大丈夫ですか,ミンミンゼミのサミーさん」
「サミーさん、はじめまして」
カメ吉じいさんとカメ子ばあさんは,
サミーに挨拶をしました。
「ちょっと,甲羅の上でじたばたするの,
やめてくれよぉ。くすぐったいだろ」
カメトが言うと,サミーは
「あっ、すみません」と言いながら
のそのそと体勢を整えて,よっこいしょっと
甲羅から砂浜に降りました。
「これは大変失礼しました。
ところで,私も混ざっていいですか」
「もちろん大歓迎ですけど,
セミさんたちは成虫になってから,
2週間から1か月しか時間がないと
お聞きしましたが…,
こんなところでゆっくりしていて
いいんですか。
あの…,お嫁さん探しは済んだのでしょうか」
カメ子ばあさんが、言いにくそうに聞きました。
「はは、いいんですよ。
嫁さん探しはしていません。
僕は人生をゆっくり楽しみたいだけなのです」
サミーはカメのように
のろのろと砂浜を歩きながら言いました。
「カメトと正反対の,
のんびりやさんのセミさんだねぇ」
カメ子ばあさんは
カメトをちらっと見ながら笑いました。
「だから,オレは忙しいのさ。
もう行っていいか?」
「どちらへ行かれるのですか」
「次の会合があるんだ」
「これ,せっかくサミーさんが
いらっしゃったのに,失礼ですよ」
サミーの質問に答えたカメトを,
カメ子ばあさんが引き止めました。
「ところでサミーさん,
お嫁さん探しはしないとのことですが,
あの…,立ち入ったことをお聞きしますが,
独身主義なのですか」
カメ吉じいさんが,サミーの方を
ゆっくりと向きながら聞きました。
「これ,おじいさん。今,お会いした
ばかりなのにそんなことを聞いて!」
カメ子ばあさんがたしなめると,
サミーは「いいんですよ」と笑いました。
「別に主義ってほどでもないですけど,
僕の人生は幼虫時代にピークを迎えましてね。
いやあ,土の中の生活は楽しかった。
もう思い残すことはない。
外に出て来てからは,
余生を過ごしている気分なのですよ」
サミーはぼんやりと遠くを眺めながら
言いました。
「ほう。そうだったのですか」
「土の中の生活なんて,私たちにしてみれば
想像もつかないけれど,
どんなだったのですか」
「暖かくて安全で,安心して暮らせました。
外に出て来てからは,
人間に捕まえられそうになったり,
木にうまくとまれなかったりと,
いろいろ大変で…」
「今も木から落ちて来たもんな」
聞いていない風を装っていたカメトが,
ぼそっと言いました。
「これ!」
カメトはカメ子ばあさんににらまれて,
まただまりました。
サミーが咳払いをして続けます。
「…できればずっと土の中にいたかったけれど,
出て行かないといけない時が来てしまって,
しょうがなく…。でもこんなに
危ないところだとは知らなかった」
サミーはちょっと寂しそうに,
なにやら考えているようでした。
「そうでしたか。サミーさんは
土の中の方が楽しかったのですね」
サミーは「はい…」とつぶやきながら,
思い切ったように言いました。
「僕には幼なじみがいて,
将来は結婚しようと約束していたのです。
外の世界でも楽しく暮らそうね
と言っていました。でもその子は,
外の世界に出る少し前に,
土の中で死んでしまったのです。
それからは,僕は死んだように
生きていました。何も楽しくなかった。
でも今日はちょっと楽しい気持ちに
なれました。カメさんたち、ありがとう」
サミーがそう言うと,
カメトがそっぽを向いたまま,
またぼそっと言いました。
「残念だったな。その子と一緒に
外に来られなくて。7年も土の中にいて,
外ではたった1か月弱しか過ごせないのに」
カメ吉じいさんとカメ子ばあさんが,
ゆっくりと首をまわして,カメトを見ました。
サミーが笑いながら言いました。
「ええ,でも土の中で幸せだったので,
外の世界には魅力を感じませんでした。
出て来てからも,嫁さん探しも
するつもりはなかったので,
鳴いたこともなかったんです。
でも今日はいい気分なので,
ちょっと鳴きに行って来ようかと思います」
「じゃあ,オレ,そこまで乗っけてってやるよ。
どうせうまく飛べないんだろ」
カメトは「乗れよ」と言いたげに,
サミーの前で甲羅を傾けました。
「い,いいんですか?
では、お言葉にあまえて…」
サミーは「よいしょ,よいしょ」と言いながら,
カメトの甲羅に上りました。
カメ吉じいさんとカメ子ばあさんは,
目を丸くして見ています。
「じゃ,ひいじいちゃん,
ひいばあちゃん,またな」
カメトはすばやく歩き出しました。
サミーはまた落っこちそうになって,
慌てて甲羅をつかみました。
「あ,どうもありがとうございました。
お2人もお元気で!」
サミーがそう言い終るかどうかという時には,
カメトとサミーは木々の方に向かって
姿を消してしまいました。
「あれま,カメトがサミーさんを
乗せて行ってしもうた」
「ウサギと競争しても,
勝ってしまいそうな速さでしたねぇ」
カメの夫婦は,砂浜に残されたカメトの
足跡を見ながら言いました。
「そろそろ私たちも,海に戻りましょうか。
気がつけば夕暮れ時ですね。
今夜も海藻サラダですよ。
さぁ,夕飯にしましょう」
「おお,いいねぇ。大好物じゃ」
カメの夫婦もゆっくりと歩き出し,
海に戻って行きました。(終)
©2023 alice hanasaki
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