見出し画像

私のピアノライフ〜最後の場所に持っていくもの

退職後、ピアノのレッスンを始めて3年になる。

奇跡的に、とても素敵な先生に出会えたこともあって、今、ピアノがとても楽しい。ピアノが大嫌いだった子どもの頃と比べたら「あの頃このくらい練習しておけば…」と後悔するくらいには、毎日まじめに練習もしている。

それでも、ずっとピアノには片想い。思うようには上手にならない。3年前と比べてどれだけ変わっているかというと。目に見える進歩はほとんどない気がする。

ただ3年前「自分にちょうどいい」と思って練習していた楽譜を今見ると「こんなに音符が少なかったっけ?」と感じるから。上手になったとは言えないにしても、慣れてきてはいるんだろうな。

去年の秋、初めて発表会に参加してみた。発表会と言ってもホールなどではなく。普通の小さなスタジオの。大人だけの、こじんまりしとした発表会だ。

出演者は10名ほど。年齢もレベルも様々。誰もが温かくて、ミスをしても笑顔がこぼれる。とてもアットホームな雰囲気。

1番若い20代の女の子は、ピアノを初めてわずか数ヶ月。まだまだたどたどしいけれど。1つ1つ丁寧に鍵盤をたどっていく。何かの重篤な病気の治療中らしく「いつまでピアノが弾けるかはわからない」とその子は言った。

70代らしい、見るからに育ちの良さそうな上品な奥様は、何十年もの間に培われてきたであろうと思われる柔らかい音色で、優雅に難曲を奏でる。

最年長のご婦人は、なんと90歳! 75歳でピアノを始めたというその方は、簡単にアレンジされているとはいえ、有名なクラシックの曲を暗譜で弾く。

すごすぎる。


私は、イヤイヤながらもピアノを習っていた経験がある。だから、ブランクがあると言っても、最初から譜読みはできていたし、それなりに指も動く。ピアノを始めるにあたってのハードルは低めだ。

それに比べて、全くピアノの経験がない初心者の方が、75歳から挑戦を始めたのがまず拍手!だし。そのチャレンジが90歳まで続いているのが素晴らしい。そして、もちろん、こうして90歳で発表会に参加していることも。

私は、と言えば。3年経って目に見える進歩がないことに思いっきり凹んでいる。それでも、その方を見ていると、私だってあと10年頑張れば、何か手応えがあるかもしれない。そう思えた。

ちょっとうまくいかないことがあると「どうせ私はダメなんだ」と何でも途中で投げ出してしまいがちな私が。ここまで上手にならないピアノを、それでもこうして続けているのは。続けているどころか、これから先もずっとずっと続けたいと思っているのは。

あの時の発表会で見た皆さんの姿やあの時聴いたピアノの影響も大きい。

よく「無人島に何か1つだけ何か持っていくなら…」という質問がある。無人島は現実的ではないし、超ヘタレの私は、たぶん無人島に流れ着いてしまった時点で全て終わっていると思う。

現実的な問題としては「最後の場所に持っていくものを1つ選ぶとしたら…」だと思う。最後の、と言うのは、私の場合施設かな。年をとったら。家族とお別れして1人残されたら。そして、その一人暮らしがムリになったなら。いつか最終的にはどこかの年長者施設に入って暮らすことになるのだろう。

文を書くのが大好きな私は。少し前までは、1つだけ持って行くなら「パソコン」と思っていた。けれども、スマホでも、これだけ文が書けるということが判明した今。1つだけ持っていくとしたら迷わず「電子ピアノ」。

ヘッドホンを使えば、迷惑にはならないだろうし。これさえあれば、1日中退屈することはない。

そして、その施設のどこかに、本物のピアノが1台置いてあるとしたら。たまに弾かせてもらえたら嬉しいな。それがきっと。最後まで私の生きがいになる。

何年先かもわからない、壮大な計画だ。本当は、1度でいいからストリートピアノに挑戦してみたい。けれども、それは夢のまた夢。

私のピアノ教室では、大人の場合、発表会に出るも出ないも、強制されることはない。完全に自由。そして、私の場合、今年の発表会はパスすることに決めている。

理由は、納得できるほど、しっかり仕上がっている曲がないから。一応最後まで弾けるようになった曲はいくつかあるのだけれど。どれも、何か中途半端なんだよね。 

それでも、来年までには、必ず何か1曲ちゃんと仕上げて、また発表会にもチャレンジしてみたい。あの場所に戻ってみたい。

1年後。闘病中だと言っていたあの子にも、92歳になっているはずのあの方にも。また会えるかな。会いたいな。もう1度、ピアノが聴きたいな。だから、お二人ともどうかお元気で。そう願わずにはいられない。

あんなに嫌いだったピアノがこんなに好きになったのに。まだまだ練習が足りないのか、そもそもの能力が欠如しているのか。いつまで経っても上手くは弾けない、片想い状態は続く。

それでも……。このままずっと好きでいたなら。いつかは、ふりむいてもらえるのかな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?