見出し画像

衝動買いにもほどがある〜「ハンモックカフェでスイッチがON」

一目惚れ体質である。それは、人に限らず、洋服や雑貨、家具などはもちろん。ドラマや小説、漫画や音楽。あらゆるモノを一目で気に入っては、あっという間にハマり、あっという間に飽きる……。

これが、私の数々の衝動買いの元凶になっていることは、間違いない。

あれは、もうずいぶん前の話。ある日、友達と生まれて初めて「ハンモックカフェ」というところに行った。

そのカフェに行ったのは本当に偶然だった。もう昔の話過ぎてよく覚えてはいないけれど。何かしら別のメインの用事が近くであって。それが終わった後に「コーヒーでも飲んで帰ろう」という話になったのだと思う。

静かな住宅街の外れにあるそのカフェは、ヒーリング系の音楽が流れる中、ハンモックに座って揺られながらコーヒーが飲めるという。いかにもインスタ映えしそうな空間だった。

ハンモックではない普通のソファ席もあったけれど。この場所に来て、ハンモックに乗らないという選択肢はない。

私が座った天井からつり下げられた1人用のハンモックチェアは、乗った瞬間からゆらゆらと揺れる。静かに。穏やかに。同じリズムで揺れ続ける。

心地よい。なんとも気持ちがいい。あのミュージカル「リトル・マーメイド」の開演前の波音。私を深い眠りの世界に誘ってくれたあの波音と同様の効果。気持ちが落ち着く。癒される。もう、この時点でスイッチはON! 心は決まっていた。

これ、家にほしい。


その店では、ハンモックの販売も行っていて、気に入ったモノがあれば、購入することができるシステムになっていた。これは、もう買うしかない。

もともとこの日は、この店に来る予定ではなかった。だから、ほんの数分前まで、私の「ほしい物リスト」の中に「ハンモックチェア」などという選択肢は存在していなかった。それどころか「ハンモックチェア」そのものを知らなかったと思う。

にも関わらず、私の頭の中には、すでに「ハンモックのある生活」が鮮明に映し出されてしまっていた。この店を訪れた本来の目的であるコーヒーのことなどすっかり忘れていた。

リビングにこのハンモックを設置して。毎日仕事終わりにゆらゆら揺られながら、音楽を聴いたり、お茶を飲んだり。静かで穏やかな時間を過ごす。そのままウトウトと眠りについてしまってもいい。

なんて素敵で優雅なひととき!!このハンモックチェアさえあれば、私の疲れもストレスも、あっという間に解消されてしまうに違いない。これが、そこにあるだけで。私の家の、微妙に残念なリビングも、このカフェのような素敵空間に変貌してくれるはず……。

すべては、妄想である。

ハンモック自体は、数万円で買えるものなので。それほど高価な買い物、というわけではない。しかし、問題は、コーヒー1杯飲み終わらないうちに、後先考えずに購入を決意したことにある。

しかも、モノはハンモックだ。家における存在感が、物理的にデカすぎる。ちょっと考えればわかることだが。うちのあの雑然としたリビングに。ハンモックチェアは、サイズ的にもビジュアル的にも合うわけがない。第一場所を取りすぎて、生活していく上で邪魔でしかないだろう。もっと根本的な問題として。うちの家の天井からこのハンモックを吊り下げることが可能だとも思えない。

このおしゃれハンモックの設置が許されるのは、モデルルームのようにすっきりと片付けられた、それなりにクオリティの高い家の、広々としたリビングだけだ。

こんな無謀な衝動買い。一緒にいた友達も止めてくれればよかったのに。その場にいながら、いったい何をしていたんだ!と今さらながら、心の中で八つ当たりしてみる。

もちろん、筋違いである。彼女もハードな仕事続きで疲れて果てていたのだろうし。もしかしたら、この状態の私に何を言ってもムダだと諦めていたのかもしれない。

とにかく、冷静な判断力を失って、完全に購入モードに入っていた私は、残りのコーヒーを飲むのも忘れ、店の人から渡されたパンフレットの隅々にまで目を通していた。まさに「本気と書いてマジと読む」状態。

ところが・・・


そうやってパンフレットをガン見している最中に、私の体に異変が起こった。

なんだか、気持ちが悪い。
胸がムカムカする。


これは、この感覚は。車酔いの気持ち悪さと同じ。もしかして、さっきからずっと下を向いてパンフレットを見ていたせいで、ハンモックに酔った、ということ ???

だけど。ハンモックで酔うなんていうことがあるんだろうか? これは、本当に酔っている状態なのか? 半信半疑で「ハンモック 酔う」で検索してみる。

なるほど。酔うんだ。そうだよね。ブランコに乗っていても、酔う人は酔うからね。私なんて、三半規管弱いから。遊園地のバイキングでも、ビックリハウスでも酔ってたからね。コーヒーカップなんて、もう最悪だったからね。

一瞬にして夢から覚める。少しの間乗っていたくらいで、酔って気分が悪くなってしまう椅子なんて。家に置いておく意味がない。癒し以前の問題だ。

本当に冷や汗モノだ。もしも、あのままハンモックを購入していたなら。「なぜ、何の相談もなくこんな物を買ってきた!?」と家族会議で物議を醸し、いっせいに責められていたに違いない。

とにかく。これで無用の長物となる運命の、分不相応の大物が我が家にやってくる、という最悪な事態は回避された。今、あのハンモックチェアが家にあったとしたら。あまりにも邪魔すぎて。かと言って処分も難しくて。きっと途方にくれていただろう。あのときハンモック酔いをした私、Good Job!

そう。私の忌まわしい乗り物酔い体質が、初めて役に立った瞬間だった。長年悩まされてきたこの乗り物酔いも、私の数あるコンプレックスのうちの1つだったのだが。人生、何が幸いするかわからない。

とにかく、このように深く考えずに突っ走ってしまうために。これまでに、数々のシャレにならない失敗を繰り返してきた。当時は、現役バリバリで、それなりに収入もあったし。買い物そのものがストレス解消になっていた面もあったからまだ許されていたけれど。今の私に、このような失敗は許されない。

このハンモック購入未遂事件を教訓に。衝動的に何かがほしくてたまらなくなってしまった時。せめて、ゆっくりとコーヒーを味わってから、落ち着くことを覚えよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?