見出し画像

ルーマニア、恐怖と困惑の一週間

11月25日に大統領選第一ラウンドの結果に関して緊急でコラムを書いてから約一週間が経過した。学業の方が忙しく、なかなか続きが書けなかったが、一段落したのでここ一週間の出来事について執筆したいと思う。ちなみに、ルーマニア政治において色々ありすぎたせいで、そもそも学業にすら集中ができなかった。恐怖と困惑を感じ続けた一週間であり、ルーマニアの民主主義を心から疑った一週間であった。

整理をするところから始めよう。2024年はルーマニアにとって「スーパー選挙の年」だといわれてきた。6月に欧州議会選挙と地方選挙があり、11月から12月にかけて大統領選と議会選が開催されている。ルーマニアにおける選挙が全て一年で行われ、政治的アクター達は誰一人残らず市民の審査の目を避けることは出来ない年となった。

11月24日に大統領選挙の第一ラウンドがあった。ルーマニアは過半数制を採用しており、50%+1を得る候補者がいない場合、最終結果は第二ラウンドに持ち込まれる。上位二位が最終決戦をするのだ。実際には、革命後すぐに開催された1990年の大統領選の件を除けば、一発で過半数を取得した例は存在しない。ルーマニアには主要な政党が複数存在し、最終決戦なしの決着は考えにくいのが現状である。一つだけ留意してほしいのは、主要な政党というのにも入れ替わりが激しく、構図がずっと同じだったわけではない。

ルーマニア政治の近況

ルーマニアは革命以降、基本的に複数政党制を保ってきた。しかし、幾度の議会選挙を勝ち続けてきた政党がある。現在の社会民主党(PSD)だ。名称を幾度となく変えてきたが、救国戦線評議会のまぎれもない後継政党である。救国戦線評議会とは、革命後急に現れ、ルーマニアを統治した組織である。その実態は、旧ルーマニア共産党の第二群のエリート集団であり、「独自路線の民主主義(Democrație originală)」を追求しようとした。独自路線が何を意味するかは所説あるが、恐らく現在の政治学的用語のハイブリッドレジームや選挙型民主主義の類に近いものを想定していたのだろう。政党を認め、選挙を認めるが、法を政治が好き勝手に曲解したり、マスメディア等をコントロールすることで人々の行動を恣意的に規定しようとしたりする政治体制を築き上げたかったのだろう。

それもあって、1990年代のルーマニアは欧州路線を追求するか、はたまたロシアに比較的近い立場をとるか決め切れていなかった。欧州路線は経済的に魅力的だが、政治的改革をすすめなければならない。そしてそれらの改革は、エリートたちのビジネスや力に影響を与えかねない。しかし、90年代後半になると、ルーマニア市民や文化人達が強く欧州路線を推したことにより、その方向へのアクセルを強く踏み込むことになる。

結果として2000年代にはNATOにもEUにも加盟をはたす。足枷をしたような形の加盟ではあったが、ルーマニアはその恩恵を確実に受け続けてきた。行動の自由のおかげで、大量のルーマニア人が簡単に西に出稼ぎできるようになり、諸外国とのビジネスも潤った。EU市民として、若者は西の大学で比較的簡単に学べるようになった。また、EUマーケットのおかげで国内の投資が加速し、人々の生活は比べられないほど改善した。2000年と2022年のGDPを比較すると、実に経済規模が約8倍に膨れ上がった。

https://economedia.ro/imaginea-zilei-cresterea-economica-de-aproape-800-a-romaniei-intre-anii-2000-2022.html 

人々の不満と極右の台頭

足枷とは、EU加盟に必要な政治や法体制の改革を充分に解消せずに参加したために発生した。例えば、CVMという制度が作られ、改革の程度を欧州委員会に毎年監視されることになった(助言を出す権限しか認められてはいなかったが)。他にも、ユーロ圏やシェンゲン協定(EU内の国境におけるパスポートチェックの排除)への参加もままならなかった。現状としては、CVMは2023年に撤去され、シェンゲン協定へは20年近くを経て、2025年1月から参加できそうになっている。

足枷はあれど、経済は決して悪くない。何故極端な思想がルーマニアで伸長しているのか?主に三つあげられるだろう。経済的恩恵のあまりに不平等な分配、政治に対する不信、西側に移住したルーマニア人達の不満。

経済的恩恵は主に規模の大きい都市部やそれらの近隣に位置する中規模の都市部では感じられるが、農村部まで行き届いているとはいえない貧困リスク率はEU内で最低の22.6%を2020年に記録し、それらの75%が農村部で生活している。

政治に対する不信は2021年のあるイベントが大きく影響をあたえている。汚職スキャンダルの絶えない、しかし20-30%の基盤支持がある社会民主党(PSD)を強く批判し続けることで、2020年の議会選挙で大きく躍進した国民自由党(PNL)とルーマニアを救え連合(USR)の連合政府が崩れた。PNLは2014年から2024年まで大統領を務めたヨハネス・クラウス大統領を輩出している。そして、大統領自身、反PSDを政治プラットフォームとして二回の大統領選挙を勝ち抜いている。その大統領とPNLがハードコアな反PSDの党首、オルバンを排除して、それまで考えられなかったPSD-PNL内閣を組閣した。2021年から2024年現在までの間にルーマニアの民主主義は主要政党二つがくっついて強力な野党が存在しないことにより、徐々に、だが着実に悪化した。しかし、それ以上に反PSD、反汚職だと思われていた政治家たちの「裏切り」は全ての既存アクターに対する不満と不信を強めた。

他にも、政党への助成金はマスメディアの買収に使われ、大統領府の外遊資金は急に国家秘密に指定されたのちに、大統領が不透明なプログラムで世界各国(日本含め)を超高級プライベートジャンボ機で飛び回った。そして、最近になって、前々から疑われていたインテリジェンス機関の政治への関与を示唆する新たな情報がメディアによって暴かれている。政治不信に陥らない方が難しい状況である。

最後に、西側へ移住したルーマニア人達の不満について少し解説したいと思う。ルーマニアは巨大なディアスポラを有している。2013年から2022年の間に200万人(人口の約1割)がEUの西側に移住している。そして、これらに加えて、seasonal migration(季節的移動)というのも頻繁である。農作物が収穫できる秋だけに西側の農場で数か月働いては、ルーマニアに戻る人たちなどのことを指している。非熟練労働者たちの扱いはかなりひどく、数々の虐待や乱用が横行している。そして、高学歴の移民たちでさえ、約半数が非熟練労働をしているのが現状である。そんななか、人権だの、自由だの、平等だのというスローガンを掲げる西洋各国のレトリックと、それらの国での実際の扱いの乖離によって不満や怒りが発生している。そして、EUに対する不信もだ。最近、国際東京映画祭でも上映された「Traffic」という映画をおすすめする。かなり精巧に現状が描かれていると思う。「国家の尊厳を再生させる!」というメッセージを掲げる極右が人気を催すのもなんら不思議ではない。

EUにおける足枷参加や、経済的恩恵のあまりに不平等な分配、政治に対する不信、西側に移住したルーマニア人達の不満などが募り、2024年の選挙におけるショッキングな結果に繋がった。

2024年ルーマニア大統領選挙 第一ラウンド

大統領選挙の第一ラウンドが11月24日に開催された。1位に輝いたのはカリン・ジョエルジェスク氏である。2位にはルーマニアを救え連合(USR)のエレナ・ラスコー二氏。僅差で3位に留まったのが現首相で社会民主党(PSD)党首のマルチェル・チョラク氏。4位と5位に沈んだのが、極右政党(AUR)の党首シミオン氏、そして不信を招いた自由国民党(PNL)のチュカ氏だ。

11月24日以前のサーヴェイは、基本的にチョラク氏の確実な決選投票への出場と、ラスコー二・シミオンあたりの2位取得の激戦を予想していた。

蓋を開けてみれば、それまでメディアにもサーベイ等にもあまり相手にされていなかった泡沫候補のジョルジェスク氏が約23%を取得、2位から6ポイント近く離して圧倒的な一位になった。2位と3位の差はわずか2742票でラスコー二氏に軍配があがった。チョラク氏はPSD党首を辞任し、選挙の結果を容認した。革命後初めて、主要な政党が一つも不正を主張しなかった。そして、革命後初めて、PSDの候補が決選投票まで進めなかった。

極右政党のシミオン氏はすぐにジョルジェスク氏への支持を表明。ネットには二分化され、新しい顔であるジョルジェスク氏に期待する人々と、彼の過去の発言に恐怖を抱く反ジョルジェスク氏にわかれた。学生たちが反極右、親EUデモを開催、以来ほぼ毎晩続いている。

本来ならここで話は終わりであり、第二ラウンドでの結果が待たれるという結論になっていたが、ここで衝撃のイベントが起きる。憲法裁判所が、第一ラウンドの数えなおしを、しかも当初は24時間以内での数えなおしを指示。理由は、1%にも満たなかった候補が不正を主張し告訴したからだ。そして、数えなおしの末、不正が認められた場合、第一ラウンドのやり直しの可能性がでてきた。前代未聞であり、不信の火に油を注いだ形になった。その理由が、憲法裁判所の裁判官たち9人のうち5人がPSDに任命されており、元党員も含まれている。その他にも、中立オブザーバーの数えなおしへの参加が禁止された。そして、第一ラウンドの票のすべての数えなおしという史上初めての取り決めは、革命後はじめてPSD候補が決戦ラウンドに当選しなかった今年起きたからだ。結局24時間でできるわけもなく、12月1日まで持ち越されることになった。

結論としては、数えなおしの末、順位が変わることはなく、第一ラウンドの結果は保たれた。一つ留意してほしいのが、具体的な結果は公開されていないことだ。誰が何票とったのか、票の数に偏移があったのかは、確実にわからない。憲法裁判所の決断によって生まれた、不確実性に富んだ一週間は、既存の政党や国の公的機関に対する不信をさらに広め、誰も得をしない状況にした。仮に、第一次ラウンドのやり直しになっていたら、内戦に近い状況の勃発も予想された。

第一ラウンド後におきたデモの様子。ルーマニア情報機関を批判している。

ラスコー二対ジョルジェスク

決選投票に進んだ二人の解説をするうえで、ジョルジェスク氏を後に回す決断をした。主観かもしれないが、彼の方が書くべきことはたくさんあるからだ。

ラスコー二候補

エレナ・ラスコー二氏は元ジャーナリストであり、現在はルーマニアの中央部に位置し、中規模の街であるクンプルングの市長の二期目をやっている。かなり人気があり、二期目は70%近い得票率で市長になった。欧州議会選があった6月以降にルーマニアを救え連合(USR)の党首に躍り出たばかりだ。欧州議会選の低い結果を以て、当時の党首が辞任した変わりに躍り出た。

元々党内での信頼も厚い。市長としての働きがよかったためだ。本来、欧州議会選に、第一候補として出馬する予定だったほどには党内でのポジションを確立していた。しかし、2023年末のテレビの取材で、2018年の家族の定義に関する国民投票において、異性婚しか認めないというものに投票したことを明らかにしたことにより、出馬は急遽取り消された。本来、USRは革新政党なのである。

今回の大統領選挙でのキャンペーンにおいて、特に目立ち何度も議論されたのが、彼女が常につけていた二つの十字架である。本来USRは比較的革新的で高学歴の若い人たちを基盤として支持層をのばしてきた。キリスト教と教会の力が未だに強いルーマニアにおいて、そういった戦略には限りがあり、それに対処しようとしたのだろう。しかし、既存の支持者達はあからさますぎると批判をし、逆に伝統的な支持層を新たに取り込めたかというと、正直怪しいところがある。

十字架を二つしたラスコー二氏

ラスコー二氏の外交や世界情勢に対する知識の欠如も度々みられた。NATOの5条の意味や、国連の安保理の常任理事国を知らないことが明らかになり、高度な質問に対しては「私は~~だと感じる」と感情論を頻繁に使った。例えば、仮に戦争が広まり、ルーマニアが直接的に関与しなければならない、というような場合のシナリオに対して、「私は全てが解決されると思う。全てがよい方向へ向かうと感じる。そう感じるのです!」と強調した。

ジョルジェスク候補

さて、続いてジョルジェスク氏に進みたいと思う。まず、ルーマニアにおけるホロコーストに関与したファシスト達に対する発言を幾度どなくしている。その代表格であるアントネスク元帥(首相:1940‐44)のスピーチをほぼ完全にコピーしたスピーチは衝撃的だ。

プーチン氏を信奉しており、「ロシアの英知をルーマニアは必要とする」と発言。他にもウクライナにおける戦闘を一時期否定している。NATOやEUの帰属に対しては、NATOを世界一弱小な軍事同盟だとし、参加の意味を見出せないといっている。かと思えば、NATOもEUも脱退しないと表明した後に、再び曖昧な「帰属については、中立な評価をしてから決める」と発言。

プーチン氏に似せている(?)ジョルジェスク氏

色々な陰謀論を展開。月面着陸否定、ペプシーにはいっているナノチップ(コーラはいいのだろうか)、コロナ否定(コロナをみたことがあるか?)、化学療法を受ける患者の95%が死亡するとして否定、ルーマニア革命が起きたことを否定、気候変動を否定、ラテン語の語源がダキア語説(ルーマニア人の祖先とされている民族)、かつては人間はテレパシーを駆使していた、などなどなど…。

ちなみに、日本に対する発言も。戦後の日本の急激な経済成長は「スピル・ハレットの法」を順守したおかげだとした。おそらく、何それと思われるだろうが、スピル・ハレットとは19世紀後半のルーマニアの政治家であり、教育システムの近代化に遵守した人物である。しかし、彼が規定した「法」が何を指し、意味するかは私にはわからない。

他にも、女性は役割上、性質上、大統領にはなりえないという発言もしている。彼のパートナーは、「女性はズボンをはくべきではない。女性はエネルギーを地面から吸収するため、ズボンはそれの妨げになる」としている。

「反システム」の候補としてのイメージを作り上げてきたが、彼はかつて二つの内閣のメンバーになっており、他にも外務省等で要職を得てきた。彼のシステムとの関係は毎日のようにメディアによって暴かれている。自分が金欠であるかのようにふるまっているが、オーストリアのヴィエナに家を所有していた。最近その家を100万ユーロ以上の価格で販売している。

決戦に進んだにも関わらず、メディアのインタビューを拒否し、親EUデモが起きた時には「若者たちがけがをする前に親元へ帰らすべきだ」という脅迫めいた発言もしている。政党活動の禁止という明らかに違憲な政策も発表している。

彼はキャンペーンを主にTikTokで展開し、経費は0だと発言した。しかし、一部の経営者やマフィアから資金提供を受けていたが明らかになってきている。また、TikTokにおける人気上昇の仕方が不自然だという指摘もあり、欧州委員会が関与する問題にまで発展した。結果として、TikTokは選挙が終わってから一定期間がたった12月3日に、ジョルジェスク氏に関するフェークアカウント6万件以上を削除したと発表。

12月4日、ルーマニアのインテリジェンス・コミュニティは、ジョルジェスク氏のマフィアや「外国勢力」との関係を明らかにする文書を発表した。しかし、公的機関に対する不信が存在しているうえでの、そして既に決選投票まで数日というタイミングでの公表は果たしてどれだけ効果的なのだろうか?不信自身が招いた極右の台頭であるのを忘れてはならない。

決選投票

決選投票は12月8日に開催される。ジョルジェスク氏の人気は依然高い。まず、ラスコー二氏が革新的すぎる、世界情勢に無知すぎるという強い懸念が世論の一部に存在している。その上で、ジョルジェスク氏はうまくTikTokのキャンペーンで反システムというポジションを確立しており、メディアや公的機関、既存の政治家が批判するところで却って逆効果にしかなりえない。システムが必死に対抗しているようにしか見えないからだ。

12月1日には議会選挙もあった。結果としては、極右政党が3つ勝ち上がり、あわせて32‐27%程度の議席を持つことになる。一位の政党は相変わらず社会民主党(PSD)だったが、歴史上最低の25%でだ。後の32‐27%程度を自由国民党(PNL)、ルーマニアを救え連合(USR)、ハンガリー系少数民族政党(UDMR)が握っている。残りは、各少数民族に充てられた議席だ。

3年間も批判され続けてきたPSDとの組閣は避けて通れないのが現状である。PNLやUSR、ましてや少数民族を代表するUDMRの極右政党との連携は考えにくい。PSDにはかなり伝統的で欧州懐疑的な派閥も存在し、極右との連携はありえなくない。一方で、最も可能性として高いのは、極右以外の政党がPSD含め連合をつくることだ。ルーマニアの経済成長はEUからの資金援助に頼っており、大規模なインフラ工事はほぼ全てが欧州のお金で行われている。それらの資金を手放すのはPSDにとっては惜しい。汚職により一部がメンバーに流れるからだ。極右という「悪」に対する戦いの名目の元、こういった連合になる可能性は高い。

新たな議会の顔ぶれが確定した状態での大統領選決選になっている。ジョルジェスク氏が大統領になった場合、議会によってその力が制限される可能性が、PSDが協力的にならない限りは大きい。一方で、先日韓国で見たような緊急事態宣言・厳戒態勢の施行を試みる可能性も決して少なくはない。憲法93条において、韓国の7条と似たような規定が存在する。

選挙まであと三日。ルーマニア人はハラハラドキドキした時間を過ごすだろう。

いいなと思ったら応援しよう!