脂質・コレステロール④
今回は、コレステロールが動脈硬化や心血管疾患の原因にされた経緯などをお話しさせていただきます。
今日は、横文字の羅列や難しい話は抜きです。歴史物語です。
動脈硬化にコレステロール発見!?
1840年代に、動脈硬化を起こした血管にコレステロールが存在することが発見されました。1913年に、ロシアの研究者:アニチコフはウサギを使って、粥状動脈硬化症(動脈の内径を細める動脈病変)の実験モデルを作成しました。このウサギは脂肪食を大量に与えられていました。アニチコフはこの哀れな実験動物を解剖して、動脈壁にかなりの量の脂肪が蓄積していることを証明し、同時に多くの臓器、特に肝臓に脂肪が蓄積していたことも明らかにしました。しかし、ウサギは元来草食動物であり、かなり不自然な環境下での実験であったため、相手にされず、コレステロール研究も進みませんでした。第二次世界大戦後に転機が訪れます。
アンセル・キーズ
第二次大戦後の1950年頃から医学界でもコレステロールが注目され始めることになります。また、当時の米国では心筋梗塞、狭心症などの心血管疾患が急増しており、その原因として「コレステロール」があげられました。さらに、1930年代に簡単な検査技術が導入され、コレステロールを迅速に分析する方法が開発されました。菜食主義者らはコレステロールを典型的な動物性分子とみなして攻撃しましたが、粥状動脈硬化症の血中コレステロール値は健康な人々のそれと比較して高いことは証明できませんでした。その他にもコレステロール値と動脈硬化症の関連がない事の報告が相次ぎました。さらにコレステロール値が低いと寿命が短くなるという報告まで出てきました。そこで、LDLとHDLという分類を使ってHDLが高いことが梗塞のリスクを下げることが証明されました。
コレステロールが心血管疾患の真犯人であるという発見をしたのが、米国の生理学者であったアンセル・キーズ(1904-2004)という人でした。彼は、1955年に大規模な(国際的な)疫学研究を開始しました。「7カ国スタディ(Seven Countries Study)」と呼ばれる有名な観察研究です(Ancel Keys, Commonwealth Fund Publications.1980)。
「7カ国スタディ」
「7カ国スタディ」の第一の目的は、世界7カ国(米国、フィンランド、オランダ、イタリア、ギリシャ、ユーゴスラビア、日本)で、食生活と心筋梗塞の発症を助長する可能性のある因子(特にコレステロール・血圧・体重・喫煙)を分析することでした。第二の目的は、7カ国の国民を代表する少人数のコホート(経過観察の対象となる集団)を何年もの間観察し、最初に登録されていた諸因子が心疾患を予測できるかを検証することでした。
この研究の主な結果は1970年から1985年の15年間で公表され、続く20年間の経過観察が行われました。
(Acta Med Scand.1966;460:1-392, Circulatio-n.1970;41:1-195, Am J Clin Nutr.1989;49:889-894, Prev Med.1995;-24:308-315, Arch Intern Med.1999;159:733-740, N Engl J Med.2000;342:1-8)
「7カ国スタディ」の結果
・ 食生活・血圧・喫煙が心臓病の主な危険因子
・ 米国とフィンランド以外はコレステロールと心疾患による死亡率の関連性が認められませんでした。
コレステロールについては、このような曖昧なデータであったにも関わらず、キーズは「コレステロール値により梗塞のリスクが予測できる(高ければリスクが上がる)」、「飽和脂肪摂取によりコレステロール値が決定できる(摂取量が多ければコレステロールは上がる)」、「不飽和脂肪酸摂取により梗塞のリスクを低減できる」という結論を導き出しました。これは完全に「コレステロール仮説(コレステロールが心疾患の原因だという説)」に従った結論ありきだったとしか思えません。しかも、結果にバイアス(偏見)がかかっていたのみならず、この研究にはもう一つさらに大きな問題がありました。それは、キーズは22カ国のデータ収集を行っていたにも関わらず、「飽和脂肪酸悪玉説」や「コレステロール仮説」に合致するような都合の良いデータが取れた7カ国のデータのみを収集していたことです。結局この「7カ国スタディ」という大規模な観察研究は、「コレステロールは悪」を確定させた研究として引用されるようになりました。「血中コレステロール値を高める動物性脂肪(=飽和脂肪酸)は心筋梗塞の原因となる」=「コレステロール仮説」が誕生しました。
以上、他の先生方のご意見や資料も参考に説明させていただきました。コレステロールが悪いという偏見によって、今日の診療が成立しているという、なんともおかしなことがまかり通っているんですね。(数年前まで僕もこんなこと知りませんでした。)心筋梗塞や狭心症とコレステロール値に相関しない報告があったのにも関わらず黙殺されています。
しかし、動脈硬化において、動脈壁に堆積する脂質成分があるのは間違いない事実。では、「コレステロール高くてもいいじゃないか?」という疑問にお答えしつつ、「実際の悪は何なのか?」ということをテーマにします。
では、また。