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農家の思いを食卓へつなぐ。有機野菜と自然食品の店、沖縄県中城村の 「有機農産物 ぱるず」を取材
有機野菜や果物といった生鮮食品から、体にやさしい無添加食品が所狭しと並び、県内各地からお客さんが訪れる「有機農産物ぱるず」が、2024年4月に17周年を迎えました。食品販売のほか、料理教室や手作り野草の酵素教室など、イベントを開催しては「情報発信の場」としても活動しています。
食品メーカーに勤めていた店主の諸喜田さんが、なぜお店の開業に踏み切ったのか。思いやこだわり、有機農産物の魅力についてお話を伺いました。
サラリーマンから農家に転職するはずだったが・・・
食品メーカーに勤めながら農家への転職を決意したのは今から17年前のこと。家族の了承を得て、有機農家の下へ弟子入りした諸喜田さん。前向きな気持ちを込めて「脱サラ」ではなく、「卒サラ」と表現し、農家になる決意をしたものの、農作物を販売する側へと移行して現在に至ります。
――サラリーマンとして長年働いてきて、なぜ転職を考えたのでしょうか。
諸喜田さん:大学が農学部だったんですよ。だから日頃から家庭菜園をしていてね。17年ほど勤めて、そろそろ退職しようかなと思い始めたとき、やるなら農業だなと。非常に短絡的な動機です。なかなか無謀でしょ(笑)
家族に反対されたら実現しなかったんだけど、妻や父に話したら意外にも「いいんじゃない」って。拍子抜けしました。子どもたちはまだ幼くて、何の担保もなかったけど転職を決めました。
――農業をやるなら有機農法と決めていたそうですね。有機農産物の魅力とは何だと思いますか。
諸喜田さん:最近「SDGs」って言葉をよく聞くけど、有機農業自体がSDGsなんです。持続可能でしょ? 今の農業では持続するのが難しいと思っていて、化学肥料を使うと収穫までが速いでしょ。農作物が大量に実ったり、早く成長したりする。だけど、その分、畑に無理をさせていて土本来の力を弱らせる側面もあるんです。
化学肥料を使う近代農法が本格的に始まったのは戦後ですが、それ以前は化学肥料や農薬を使わない有機農法がむしろ当たり前。だから有機農法って、特別なことをしているわけじゃないんですよ。ただ昔の農業を再現してるだけ。
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諸喜田さん:実は店舗の裏手に土地があって、知人が菊を栽培してたんですね。でも段々と収穫量が落ちてきて、知人は農業を辞めることにした。しばらく畑が放置されていたとき、不思議なことに気付いたんです。草が生えないなって。菊は食べ物じゃないから、たくさん農薬を使うでしょ。
それで畑が放置状態だったのを見かねて、地主さんと相談して僕が借りることになって。でもキャベツを作っても、大きく育たない。畑を耕してもミミズがいない。これって畑に微生物がいない証なんです。
そこで、植物そのものを肥料とする「緑肥」を使って土壌改良を始めたら段々と畑の状態が良くなってきてね。自然の力ってすごいなって思う。一度壊れた畑でも、少し人の手を加えたら元気になるのよ。
――退職を決意して、しばらくは本業の仕事を続けながら畑に通う。当時、諸喜田さんが弟子入りした有機農法の農家さんとはどんな出会いだったのですか。
諸喜田さん:母校の大学で同級生が教員をしていて、沖縄の農家に実習生として学生を派遣すると連絡が来て。「実習先の農家が面白いから、見学がてら学生にも会って励ましてほしい」と頼まれたのがキッカケ。ちょうど僕が退職を決意した頃でした。
僕は九州へ有機農業の研修に行くつもりでね。当時は「永田農法」が脚光を浴びていたから。でも、その沖縄の農場を見学したとき、沖縄でもこんな農法が可能なのかと驚いちゃって。有機農法でつくったトマトがほんとおいしくてね。農業の本質に取り組む沖縄の農家を初めて見て、弟子入りしたいと思ったんです。
毎週弁当持参で朝から畑に行ってね。7月に退職後、9月までは有給を消化しながらそこに通い詰めて。それから畑を探し始めたの。第一候補は家内の出身地の読谷村でした。
――最初の候補は読谷村だった? お店を開業するまで、どんな経緯があったのでしょうか。
諸喜田さん:有機農家の師匠と腹を割って話したんだよ。もう会社を辞めて農業をやりたいと。でも彼はなかなか「うん」と言ってくれなくて。「作るのは今のメンバーでもどうにかなる。困ってるのは、出荷先。売り先がないこと」って言われてね。ニンジンを作る人、トマトやレタスを作る農家もいる。
「あんたが前職で培った流通の知識や技術をもとに、地元野菜を販売する店舗を運営してくれんか」と。僕は食品メーカーで店舗展開も任されてたから、彼に言われてコロッと方向転換したんです。それもいいかって。もう意志薄弱だから。笑
農家の思いをつめこんだ店づくりが始まる
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2006年10月、店舗探しが始まります。その条件は、高速道路のインターから3キロ圏内であること。そして、2007年4月。農家さんたちの期待を背負って「有機農産物ぱるず」をオープンさせました。
――準備期間は半年。スピード開業だったんですね。
諸喜田さん:そう。でも開業する2ヶ月前から農作物を売っていて。敷地内にテントを張ってね。契約農家さんが「大根できたからどうにかせえ」って(笑)。4月まで待てないと言うから、敷地内にテントを張って会議用の長テーブルを並べて、そこで販売したんです。
当時は1本200円でも高いと言われていた大根を数千本と売ったんですよ。店舗を作らず、このままでもいいかなって思った。
お客さんの反応も最初は賛否両論だったのよ。お店のオープンを祝福してくれる人もいれば、「本当に有機ね? 検査していい?」という方もいたし。でも自信を持ってるから「検査?ぜひぜひ!」って逆に歓迎しましたね。
――仕入れの際は、どんな点にこだわったんでしょうか。
諸喜田さん:基本的に現地の畑を見せてもらって、その方と面談してから取引が始まります。畑を見て生産者にヒアリングしたら大体わかるのよ。なぜ有機栽培を始めたのか、その農家さんの思いとか。あとは倉庫を確認します。農薬のボトルがないかチェックしたりね。
県外農家の場合は信頼できる取引先を通します。自然食品店同士のネットワークがあって、厳密に検査してるとこがあるから。仕入れもするし、こちらからも出荷します。
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――生鮮食品以外に無添加食品も幅広く取り扱ってますね。加工品の仕入れで注目したポイントはありますか。お客さんのアドバイスが品揃えに影響してるそうですね。
諸喜田さん:基本はどんな原材料を使って作ってるか。自然食品と明記されていても僕から見たらアウトのメーカーもあるのよ。だから信頼できるメーカーさんを大事にして、そこを中心に仕入れています。
あと、うちのお客さん。ほんと勉強してるから、これ食べてみて、おいしいから!って県外の商品を持ってきてくれる。愛媛県産の冷凍かまぼこがあるんだけど、それはお客さんの紹介。僕のためにわざわざ届けてくれるの。他には東京都練馬区にある加藤農園さんの商品も常連さんの紹介で、発芽玄米で作ったおやきみたいなパン。これもおいしかったから仕入れましたね。
こちらが勉強していないのが恥ずかしいのよ。うちは一般的なスーパーとは違って、店員とお客さんの会話が弾む。おしゃべりができるんです。うちの商品を使った調理法を聞いたら、お客さんがバーって答えてくれる(笑)。お客さんに教えてもらった有益な情報を、今度は別のお客さんに伝える。だから、レジは情報の宝庫なんだよね。
お客さんを巻き込んだ数々のイベントを開催
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お店では「野草の手作り酵素教室」を毎月開催しています。これまでに八丁味噌を使った料理教室やワインの試飲会を成功させ、食品販売とともにイベントにも力を入れており、保育園児向けの麦踏体験を通して、食育の場としても精力的に活動中です。
――野草の手作り酵素教室について教えていただけますか。
諸喜田さん:人間って酵素で生きてるじゃない? いわゆる触媒作用なんで、耳が聞こえたり目が見えたり、人間が生きてるのは酵素のおかげ。でも酵素は熱に弱いから非加熱で体に入れることが一番大事。一般的に売られている酵素は、食品衛生法の規定で熱処理されているんだけど、非加熱で作る方法を学んで教え始めたの。
さし草やアロエ、ハイビスカスの花や実など、沖縄の野草を切って、砂糖に漬けて、エキスを抽出して絞って飲む。酵素教室では砂糖に漬けるところまでを行い、持ち帰ってもらいます。1週間は素手で野草を混ぜ合わせ、最後に絞って加熱せずに飲む。ワイワイガヤガヤみんなで作って、手についた常在菌も活用した自分だけの酵素が出来上がるんです。
去年の12月は、八丁味噌の社長さんを愛知県から呼んで公民館で料理教室をしました。八丁味噌のパウダーをアイスクリームにかけると凄くおいしくて、皆さん感動してましたね。僕が八丁味噌の工場を見学したのが出会いで、社長さんが「俺、沖縄行ったことないんだよな」って言うので、「ぜひご招待しますんで」と答えたら自費で本当に来ていただきました。
――食品販売だけでなく、なぜ体験イベントを開催してるのでしょうか。
諸喜田さん:現代の人たちは、物だけ買っても満足しない。商品開発の背景とか、商品に関わる情報が欲しいんだよね。だから、生産者を呼ぶとか、僕らがイベントを主催して生産者とお客さんの橋渡しをしていく。情報提供の場をつくりたくてね。僕が話を聞いて楽しかったら、みんなにシェアしたくなるじゃないですか。情報ってインプットしたらアウトプットして相手に伝え初めて真の情報になると思います。
――保育園児向けの麦踏み体験を通して、食育にも取り組まれているそうですね。
諸喜田さん:うちの野菜を納めてる保育園が3つあるんです。配達して食べさせるだけじゃなくて、体験するのも大事だなと思うようになって、園長先生に「体験させませんか」と聞いたら賛同してくれました。普通は農作物を踏んだら怒られるけど、でも踏まないと麦は成長しないから体験してもらう。踏んだら踏んだ分、実るからって話すと、子どもたちは喜んで一生懸命に踏むわけ。
そして子どもたちに、道具箱のはさみを持って来てもらい麦をチョキチョキ切ってもらう収穫体験もやってます。最後は園で脱穀して、ご飯に入れて食べるんです。
まだまだやりたいことがある。農業を身近に感じてもらう法則
イベントやレジ前で繰り広げられるおしゃべりを通して、積極的にお客さんと関わってきて、今後やりたいことを伺うと、ボランティアで草むしりや農作業を手伝う人を募る「援農をやってみたい」と話す諸喜田さん。日本で五本の指に入るほど大きな自然食品店を営む札幌のご夫妻が、実際に農場で行っているそうです。
野草の手作り酵素教室では、収穫から見学したいと参加者から声が挙がり、実際に収穫や管理作業を一緒に体感できたら面白そうだと語り、お客さんから質問が多い商品を実際に料理して、食べてみて。有機農産物ぱるずで取り扱う農作物や食品をご家庭の食卓までつなげるのが最終的な目標だとか。
農業という一次産業の生産者、その作り手の気持ちやこだわりに思いを馳せると、忙しく流れ作業のように済ませていた日々の買い物も食事の支度も大事な時間に思えてきます。「有機農産物ぱるず」を訪れて、体にも環境にも優しい食選びをしてみませんか。
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有機農産物ぱるず
沖縄県中頭郡中城村北上原309
098‐895-7746
定休日:月曜日
営業時間:9:30~18:00(日曜祝日10:00~18:00)
駐車場有