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鬱屈したオタクの夢を叶えるためにノーチラス号が作られ、SFが生まれた 死にゆく僕たちの読書会第1回レポート ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』

アラスカ4世です。今回は、4月24日に開催した死にゆく僕たちのオンライン読書会 第1回の様子をレポートした記事を書きました。どうすれば読書会の魅力を上手く伝える事ができるかまだわかっておらず手探りで記事を書いていますが、よろしくお願いします。

課題図書:ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』

1870年に発表された有名なSF冒険小説。主人公たちはノーチラス号という潜水艦に乗って海中を探検したり、色々な危機に巻き込まれたりする

参加者:

アラスカ4世 筆者。この読書会を主催した
檜山バターン コミティアで同人漫画を描いたりしてる人。noteをやってる
かくまい コミティアで同人漫画を描いたりしてる人。

読書会の様子

面白いかどうか

・主観的に言って、正直あんまり面白くなかったのではないか?
・私は新鮮で面白いと思った
・面白くはなかったが、とはいえ1870年の時点でこれだけ正確に科学的な考証ができているのはすごい
・もっと考証がガバガバだったほうが逆に読んでいて楽しい可能性がある
・風呂敷を畳みきれないまま話が終わってしまった

登場人物と世界観、自然観について

・ネモ船長は圧政に立ち向かう反逆者のはずなのに、やっている事が近代西洋文明の延長に過ぎず、反帝国主義的な要素がない
裏設定ではポーランドの貴族ということになっていたらしいので、あくまでヨーロッパ人として設定が考えられたのだと思う
・人道主義者を気取っているが、やっている事が暴力的
・ナガスクジラを殺してはダメだと言った次の瞬間に、急にマッコウクジラの群れを親の仇のように虐殺して回っているのがウケる
・白鯨という小説で登場人物たちがモビー・ディックというマッコウクジラを必死で狩ろうとする。そして結局負ける。なので白鯨に対する当てこすりのようなものなのではないか?エイハブ船長よりも強いマッコウクジラよりもノーチラス号のほうがずっと強いんだぞ、みたいな
・当時は生態系に関してわかっていない事が多かったので、マッコウクジラのような害獣を殺せば自然環境が改善すると考えられていたのだろう。それにしても自然観が雑。
・ネッドは人間臭くて親しみが持てる。
・潜水艦の中に何ヶ月もいたら気が狂ってしまうはずなのに他の登場人物たちは平然としている。しかしネッドはちゃんと調子がおかしくなってしまう。
・コンセイユは虚無みたいなキャラだった。児童向けの版だと児童が感情移入しやすい子供みたいな描かれ方になってるけどそれもやっぱりおかしい
・主人公のアロナックスはキャラが薄い。ギャルゲーの前髪の長い主人公みたいな感じ。

訳による違い

・みんながバラバラな訳の本を読んできてしまった。これはアラスカ4世の連絡ミスによるもの。
・アラスカ4世:創元SF文庫、かくまい:岩波文庫、檜山バターン:新潮文庫
・岩波と新潮文庫ではネッドが「カナダ人」と呼ばれる場面が頻出するが、創元だとそれが出てこない
・挿絵の数と種類が違う
・新潮だと訳注が50ページぐらいある。岩波だとあとがきと解説が15ページぐらい。創元だとあとがきが3ページぐらいだけ

科学考証について

・南極から脱出しようとする章の考証がガバガバ。
・南極点の周辺が現実の北極海のような海として設定されているのは当時の知識だと仕方がないとしても、つるはしで氷を砕いたり、なんか変な言い訳をして水を電気分解して酸素を作ろうとせずに窒息しそうになったり、なんか滅茶苦茶。
・とはいえ昔に沈んだガレオン船から金を回収して資金源にするくだりなど、今読んでも違和感がほとんどないエピソードもある
・海水のナトリウムから電力を作って船の動力にする設定は夢がある
・電気がなんか万能な何かとして扱われている。電気銃が現代人にとってのレーザー銃みたいな扱い
・テーザー銃という銃は作中の電気銃とほぼ同じ原理で機能しているので、電気銃の描写は妥当
・潜水艦のなかで一応自給自足できるようになっている。もっと色々潜水艦の設定が知りたかった

オタク文学として

・ネモ船長がオタク。気の狂ったオタクに振り回される話
・社会に適合できないおっさんの鬱屈を描いた話としては現代でも通用する
・スローライフもののなろう小説のような雰囲気。文明から切り離された場所で現代的な生活を送りたいという願望を叶えてくれる
・十五少年漂流記にもそういう傾向がある
・ネモ船長が政治に介入する感じもなろう小説っぽい
・ずっと探検ばかりしていたり、ずっと帝国主義者の船と戦ってばかりだったりしてもいいはずなのに、南極点に旗を立てたり、貧しい潜水夫を中途半端に助けたり、狩猟や研究をしたり、とにかく色々な行動を取っている。つまり、楽しさが重視されている
・そういった方法には限界があるという事を描いたのだとすれば、ネモ船長の描写は筋が通っている
・ヴェルヌの著作『征服者ロビュール』にはネモ船長的なポジションでもっと身勝手なオタクが出てくるらしい(読んでない)

ノーチラス号=人間嫌いのオタクにとってのユートピアとその終焉

・ノーチラス号は鬱屈したオタクにとってのユートピアだ
・主人公たちが何もしなくても船員たちが美味しい料理とかを作って提供してくれる
・船員たちが全然喋らない。人間味がない。本当は船員ではなくロボットにしたかったのでは?
・当時はまだロボットの概念はなかったが、なんにせよ人付き合いはだるいし、できれば船員たちと交流しないで済むほうが快適だと思っていたのでは?
・船員たちとネモ船長が独自の言語で会話している。国籍や出自などに依拠したコミュニケーションをしないやり方を志向していたのではないか?
・あれはエスペラント語を喋っているのかなと一瞬思ったが、まだエスペラント語は生まれていなかった
・一方主人公たちはネッドのことをカナダ人と読んでいたり、ネモ船長のスタンスとの間に一定の距離感があった
・まるでロボットのように見えた船員たちだったが、結局終盤にタコの化け物に襲われて、フランス語で助けを求めた後、殺されてしまった
・ネモ船長も軍艦に対して復讐を行うが、暴力に訴えたところで……
・主人公たちはネモ船長のことを好きにも嫌いにもなりきれないまま、結局ノーチラス号を脱出する
・閉ざされたユートピアとそこからの脱出という意味では、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』とかと同じような定番の構造
・このようなユートピアを描いた作品はヴェルヌ以前にも当然存在していたはずだが、それを「科学的に実現しうる存在」として説得力のある形で描いたのはヴェルヌが初であり、ゆえにSFの父と呼ばれるようになった
・SFの父が科学の粋を集めて実現したかったのは、人と関わらずに文明的な暮らしを送ることだった。

俺達がネモ船長だ

・ネモ船長=世界を壊したい側のオタク
・俺達がネモ船長だ
・オタクだから世界を壊したり文明を振りかざしたりしたいし、フツーに探検とかもしたい
・そういった行為がもたらす破壊や殺人などの負の側面や思想的な限界まできちんと描いている
・ロボットアニメがずっとやってきた事の根底にネモ船長がいた
・文明=ロボットを動かして色々やるのがオタクの夢であり、これはオタクの夢を描いた作品だった

その他、他作品との関係など

・作中に女性が出てこないのでストイック
・当時の軍艦には普通女性は乗らないので、リアリズムに則って書くのならこれは普通
・でもこれがなろう小説だったら間違いなく美少女ヒロインが出てくる
・SFエンタメの展開の鉄板を作っていてすごい作品。ものすごく多くの作品に影響を与えている
・元を辿っていくと海底二万里ではなくオデュッセイアに行き着いてしまうかもしれないが、それでもすごい
・十五少年漂流記もガンダムや彼方のアストラなどに影響を与えていてすごい

アラスカ4世の個人的な感想

主催者としては初の読書会が失敗しないかとにかく心配だったので、とりあえず上手く行って良かったです。会の途中から盛り上がっていき、それと並行する形で作品への評価が大きく好転していったのが面白かったし、読書会をやる価値があったなと感じました。ただ、その様子をこの記事で読者にどこまで伝えられているのかよくわかりません。
読んだ当初は「科学考証や冒険の描写は当時としては多分すごかったものの、人物描写はすごく薄味で、現代人が読むと退屈な作品」だと思っていたのですが、読書会を進めているうちに印象が大きく変わりました。檜山バターンさんも似たような感想だったようです。

私としては、これはCROSS†CHANNELと同じ系譜の、社会不適合者にとってのユートピアを描いた作品として読むことができるし、そうするとすごくエモくて現代的な大人の読み物になるんじゃないかと思います。
そういう要素を持った作品が児童向けの海洋冒険活劇として多くの人々に読まれ、多くの人々に影響を与えてきたのはすごい事だと思います。

読書会の今後の展望について

第二回はアニメの『serial experiments lain』を課題図書にする予定でいます。ウマ娘ブームに乗じて寺山修司の競馬エッセイ『競馬への望郷』を課題図書にする案も考えましたが、参加者がみんなlainを未見だったこと、アニメの読書会をやってみたいことなどから没になりました。
具体的な日程は協議中ですが、5月上旬頃に開催する予定であり、確定次第公表します。

オンライン読書会の参加者を募集しています。参加希望の方、参加を検討している方は当記事のコメント欄かアラスカ4世のTwitterアカウントなどにご連絡ください。

それでは、どうもありがとうございました



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