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脳は並べ替えを覚えない(言語習得)

Introduction
人間の言語処理は自分が思うほど意識的な過程ではないことが知られています。

確かに、文章の中身を決めたりロジックを分析したりするのは意識の働きによります。
しかし、その前段で単語やその繋がりが示す意味を意識に伝えるのは脳が無意識下でやってくれている仕事です。

すると、外国語が使えるようになるためには正しい意味を意識に渡すように自分の無意識を訓練する必要があることになります。
これはスポーツや武術で考えなくても体が正しく動くように訓練するのと非常に近いです。

今回は、ソシュールが指摘した「線状性」という自然言語の性質から、意識に上らない言語処理過程を望ましい方向へ訓練するためのポイントに迫る試みをしてみようと思います。

1.言語の線状性

1-1. 言葉の主役は音である

近代言語学の父と呼ばれるソシュールは1906年から1911年にかけて行った講義の中で、人間が使う自然言語もつ性質についていくつもの鋭い指摘を残しています。
その中で、今回注目したいのが「線状性」という考え方です。

ソシュールは言語の本質は音声にある、すなわち私達が聞いたり話したりするときの言葉にあると指摘しました。
人の頭の中では音が意味と結びついて記憶されており、文字は音を想起させる記号に過ぎないという考え方です。

何を言ってるんだ?と言う感じだと思いますので、ちょっと簡単な実験をしてみましょう。

実験1
今からしばらく文章を読むときに頭の中に音を思い起こさないようにしてみてください。
(=頭の中で読み上げない)

では、頭の中を無音にしてください。
そして無音のまま、そのままこの文章を読み解いてください。

…どうでしょうか?
おおよそ不可能と思えるほど困難だと思います。
できた方はコメントでコツを教えてください。純粋に興味があります。(笑)

実験2
では、次にYoutubeやお好きなPodcastを開いて、流れてくる言葉を文字を一切思い浮かべずに聞き取ってみてください。
(そしてどうか無事にYoutubeからここに帰ってきてください。)

…今度はどうでしょうか?
自然に無理なくできたと思います。

私たちの言語認識過程においては音が支配的で、文字は補助的な役割であることを実感いただけたと思います。
そして、表意文字である漢字を使う我々ですらこうなのですから、表音文字を使う英語は更に音声への依存度が高いことを、我々英語学習者はよく理解しておく必要があります。(※1)

1-2. 『線状性』とは何か

言語認識過程において音が支配的であることをさらに一歩進めて、「言語の本質は音声によるコミュニケーションである」とすると、ただちに次の原則が導かれます。

発話された文において、その構成要素である語は…
① 1次元的かつ1方向的な広がりを示す(※2)
② 語同士が一つの連鎖をつくる(※2)

これは単純に、人は1度に1単語しか口にできないから、音で文を伝えようとすると単語を時間経過を沿って一本道に並べるしかないことによります。

これが、ソシュールが指摘した言語の線状性です。
これをシンプルな言葉で言い換えると次のようになります。

私たちが話す/聞くときは、
① 文頭から文末に向けて、1つずつ順番に単語を並べる/認識する
② 文としての意味は、ある語に次の語の意味を重ねていって作られる

実は、人間が文章を生成/認識する具体的なメカニズムはまだ解き明かされていません。
しかし、論理学的な意味での認知心理学的な意味でも、上の2点は大きな枠組みとして受け入れられています。

2.線状性を保ったまま外国語を読む

2-1. 言語を生み出す脳

言語のもつ性質がどのように脳の言語処理過程と関係してくるかについては、チョムスキーによる生成文法理論が示唆的な視点を与えてくれます。

ソシュールに端を発したアメリカ構造主義言語学が、文の構造解析・単語の認識など重要な成果を上げ、しかし文の生成や認識過程の説明に行き詰ったころ、言語学を次のステージに進めたのがノーム・チョムスキーでした。

チョムスキーの仕事はあまりに膨大かつ緻密であるので、その個別の成果を日々の学習に活かそうというのは我々凡人の手に余ります。
しかし、チョムスキーが出発点とした考え方は直感的にわかりやすく、しかも大きな示唆を与えてくれます。

ここでは、必要最小限のさわりだけ紹介します。

チョムスキーが、その思想の中核をなす理論の一つである一般言語理論の出発点としたのは、次のような考え方でした。

言語は実質的に無限の組み合わせがあり、無限のメッセージを表現できる。
その複雑性に対して、子供が言語を習得するまでの時間は短すぎる。
従って、
①人間は言語を運用するための基本的な仕組みを生得的に脳内にもつ。
②それは学習の効率化のために、言語の普遍的な性質に沿った特性を持たなければならない。
③それは何語も習得できる程度には抽象的な構造でなければならない。

これを指して生成文法理論と呼んだりもします。
生成文法理論は子供の言語習得を念頭に考え出されたものですが、無意識の部分を訓練するにあたっては脳に備わったプロセスを頼るしかなく、ここを一定のよりどころにすることは妥当だと考えられます。

ここで、言語の普遍的な性質の一つとして線状性があることを思い出してください。

すなわち、脳が言葉を正しく習得するためには、文頭から文末に向けて順番に意味が積み上げられていく方法でインプット・アウトプットを行うわなければならないのです。


2-2. よくある読み方の危険性

…ここで、私たちが外国語の文章を目の前にした時にやることを見てみましょう。
あまり硬い題材でも面白くないので、「ラピュタ」の有名なセリフを題材に考えてみましょう。 

"No matter how powerful weapons you may have or how many poor robots you use you can't live separated from the ground."
「どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ。」

比較的長いセリフです。
このくらいの長さになると、次のような読み方をしたくなる方が出てき始めると思います。(雑ですみません。)

※画像はスタジオジブリが常識の範囲内で自由に使用できるように公開・提供しているものです。
また、訳文は北米向け配信版のスクリプトからの引用ですが、こちらについても一般的な引用が認められる範囲での使用であると理解しています。もし問題があればご指摘ください。

このように文の構造を整理し、後ろから読むように指導された方も多いと思います。
しかし、この読み方は明らかに線状性を持たず、いくら極めても自然な英語の理解への到達は困難です。

■プチ脱線(※3)
上記の議論に対しては私自身、「線状性がないからNGっていきなり言われても…」という気持ちが若干あります。

そこで、直感的に理解しやすいようにちょっと極端な例を持ってきました。
それが、漢文の書き下し文です。
「書き下し分を極めれば中国語の古語が読み書きできるようになるぜ!なんなら発音覚えれば会話できちゃうぜ!」と思う人はいないでしょう。

冷静に見比べれば、上記の文をぶつ切りにし矢印を引っ張って英文を読む方法は、本質的にはレ点や一・二点を打って読む漢文と同じ方法です。
英語を書き下し分で学ぶアプローチはさすがに廃止され[1][2]、より英語の運用に近づける方法論での教育がなされていますが、本質的に書き下しと同じ訓練はいまだに根強い市民権を得ているのが現状です。
[1]https://kotobaken.jp/qa/yokuaru/qa-73/
[2]https://kambun.jp/izanai/04-02eibunkundoku.htm

2-3. ではどう読めばよいか?

一言でいえば、とにもかくにも頭から読むことに尽きます。
頭から読んで自然と文の意味が通るように、各要素の意味を探すのです。

前の例文を使ってちょっと具体的に表現してみます。
言語の意味のつながりを見える化すると上記のぶつ切り方式と同じになるので、ここではちょっと違うアプローチで表現します。

以下に、この一連のセリフを耳にした人の脳内でどのようなことを考えているかを表現してみました。
前述の線状性の条件①、②は大体満たしているので、実際読むときに意識すべき意味をある程度なぞれる表現になっていると考えています。

No matter  (関係ない?何が?)
  how many weapons   (どれだけ多くの武器?)
  you may have     (俺が持ってたらの話か)
  ▷ or
  how many poor robots  (どれだけ多くのロボが?)
  you use        (俺が使う話か)

you can’t live (俺の話や…おれ生きられへんの?)
  separated      (離れたら生きられないって言いたいのか)
     from the ground.   (大地から。)

どうでしょうか?案外読めたのではないかと思います。
こうなってくると、次の問題はこのような意味を自分で見つけ出さないといけないことです。

文は単語が一次元的に並び、語に次の語の意味を重ねていって分としての意味が作られることを思い出すと、意味を探るうえでは次の要素が必要です。

・中核になる意味
・前の語との関係(前の単語をどこに位置付けるか)
・後ろの語との関係(その単語を聞いて心の中に何を準備しておくか)

私は力業で探していたのですが、現在それを方法論に落とせないか模索しています。
今回は、アイデアの一つであるフローチャートの活用を紹介します。

【参考】私が力技で探す過程で辿った変遷です。


3. 線状的な流れの中での意味をどうとらえるか?

3.1 フローチャート活用の提案

私自身は2時間一つの例文とにらめっこだったり、わかるまで無限にWebで例文を漁って読みまくるであったり、英語字幕で映画を大量に見るといった方法をとっていましたが、人と会話をするうちに、友人たちの表情を見てそれらは人に勧めてはいけない方法であることに気が付きました。

そこで代わりに認知言語学を勉強する過程で思いついた方法を紹介します。

先日、Leveltによる名著、「Speaking: From Intention to Articulation(1989)」を読んでいたところ、Giveの機能の説明として次のような記法が使われているのが目に入りました。

let :  X = a PERSON //is the agent of the causative Event & source of the goal of the PATH
let :  Y = a THING  //is the theme
let :  Z = a PERSON //is the goal of the PATH

give:  conceptual specification:
             CAUSE(X,(GOposs(Y,(FROM/TO(X,Z))))) //GOposs ≡ to migrate something out from one's possesion
       conceptual arguments : (X,Y,Z)
       syntactic category: V
       grammatical functions:(SUBJ,DO,IO)
       relations to COMP:none
       lexical pointer:713
       diacritic parameters: tense
                             aspect
                             mood
                             person
                             number
                             pitch accent

 //Levelt, Speaking(1989) Chapter 6”Lexical Entries and Accessing Lemma”,p191.
 //少し地の文の情報もコードに継ぎ足しています。

書き方きれいだなー、Pythonっぽいなー、こんな前からこんな発想あるんだなーと思って漠然と眺めていたところ、ふとこんな発想が頭に浮かびました。

「コードっぽく書けるならフローチャートにすべきなのでは?」
「フローチャートならわかりやすいし使いやすいのでは?」

とても粗削りな状態で人目にさらして申し訳ないのですが、温めていてもよいことはない気がするので、一旦提案レベルでおいておきます。

3.1 いくつかの例

ということで、具体的にフローチャートで「move」と「as」の意味を解析した例を提示します。
書き方、読み方はこちらのブログをご参照ください。
https://ferret-plus.com/7102

As、定義
As, 用例①
As, 用例②
Give, 定義

Giveは使い勝手が悪そうなので用例は省略。

実際書いてみると、Asなど日本語と意味が遠いものならイメージをつかむサポートになる可能性があるという印象です。
逆にGiveなど近いものは無駄に問題をややこしくするのでかえって害になりそうです。
でもこれ、勉強するとき自分で書けるのかなぁ。。。
方法論が一段落したら4ヵ国語目で、試してみるのも面白いかもしれません。

注釈
※1 実はこれによって欧米の言語認識モデルを日本語に当てはめるときに困難が生じることがよくあります。

※2 丸山圭三郎による訳をベースに、私のほうで平易に丸めています。

※3 この脱線での議論だけでは私にとってはあまり面白くないので、そのうち純粋な集合論の観点からの議論にトライします。
意味を担保するには順番を入れ替えてはならないことを示しこと、そしてそこから訳文を正しく扱う方法まで論を展開することをゴールに設定しますが、長年真っ当な集合論とはご無沙汰なので時間がかかります。

※全体を通して
今回は言語学上重要な役割を果たしたソシュールとチョムスキーの思想を援用しています。
なるべく信頼できる文献にあたり、自身の主張と先達の仕事は切り離すようにはしていますが、私の理解が不十分で誤った記述を行っている箇所が存在する可能性があります。
また、ベースとなる主張自体は私の経験によるものであり、元の理論との整合性の厳密な検証は、実験的にも理論的にもできておりません。
追記・訂正は随時行いますので、ご指摘等いただけましたら幸甚です。

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