見出し画像

鴻上尚史『空気を読んでも従わない』

鴻上尚史『空気を読んでも従わない』岩波ジュニア新書

中高生向きに書かれているが、大人が読んでも十分おもしろい。

まず、日本には「世間」と「社会」というものがある。そして基本的に日本人は「世間」を中心に生きている。「世間」とは、「あなたと現在または将来、関係のある人達のこと」(p.14)である。「社会」はその対の概念として出されていて、「あなたと現在または将来、なんの関係もない人のこと」(p.14)とされている。

電車で、4人席があって、一人の人が先に座って、さあ、僕も座ろうかなと思った矢先、その人が、あとから来た仲間に向かって「○○さん、ここ空いてるよ!」とかやる。なんの関係もない人(「社会」の人)である僕にとっては迷惑であるが、その人にとっての関係者であるあとから来た仲間(「世間」の人)にとっては、この人は「いい人」である。このように、日本人は「世間」を大事にして生きているという。

この「世間」という考え方はずっと昔からあって、それは一神教のようなものである。従う者は救われ、従わない者は村八分というような。ところが、この「世間」という考え方は、明治維新以降、中途半端に破壊されてきた。中途半端に破壊された結果、よりカジュアル化して、どこにでも現れるようになったものが「空気」である(p.77)。自己紹介で、たとえば最初の人が「名前、出身地、年齢」だけを言って終わらせると、なんとなくそれ以上のことは言えないような「空気」ができあがる。そういった、見えない圧力のことである。

「空気」の大本は「世間」であるので、この本では「世間」について、話が進む。「世間」には5つのルールがあるという。

1.年上がえらい
2.同じ時間を生きることが大事
3.贈り物が大事
4.仲間外れを作る
5.ミステリアス

それぞれは実際に本を読んでいただくとして、僕が興味を持ったのは2.同じ時間を生きることが大事、である。

日本では、何かしてもらうと、数回にわたってそれに対してお礼を言う。誰かにおごってもらったら、その場だけではなく、次回に会った時にも、「先日はありがとうございました」と言う。これは同じ時間を生きているからだ、と鴻上氏は言う。実は僕は、ちょっとここの理路は理解できていない。

「いつもお世話になっております」と、お世話になっていなくても言う。これは、連絡してきたということは、これまでも、そしてこれからも関係があったということだろうと考える。つまり、同じ時間を生きている。

「これからもよろしくお願いします」という言葉は外国語に翻訳しにくい。なるほど。たしかに。

日本人は「「同じ時間を生きる」ことが大切だと思うので、同じ時間を生きれば生きるほど仲間だと思う傾向があります」(p.89)
「何もしなくても、一緒にいるだけで価値があると考えるのです」(p.89)

これは、武田砂鉄氏が『マチズモを削り取れ』で、「とにかく「いる」」と言っていることと重なる。西口想氏の発言として次のようなことが紹介されている。

「男性が出世しやすいのって、ずっと、そこにいてくれるからなんですよね。「いたこと」「いつづけること」が評価される日本の労働社会は、基本的に減点方式だと思います。……(中略)……結局、自分がいない時に何を話しているかが気になるから、休めないんですよ。いない人の批判をしている。となれば、いる時には批判は出ない。いると評価が下がらないんです。」

武田砂鉄『マチズモを削り取れ』(pp.293-294)


この考え方はとにかくいろんなところに登場する。「あいつは付き合いが悪い」というのは、「一緒にいてくれない」という意味だろうし、最近大学の授業が90分ではなく、100分、115分と長くなったのも、「先生と学生を同じ空間に一緒にできるだけ長くいさせれば、成績が上がる」という、なんの根拠もない妄想の産物だと思う。

会議が終わったら、なんとなくしばらくそこにいて、世間話が始まるのを他所に、電車の時間あるんで、ばいば~いと帰ってしまうワタクシは「付き合いが悪いおじさん」と思われていることでしょう。


本の後半は、中高生に向けて、このような「世間」の派生型である「空気」とどのように付き合っていくかについて書かれている。

2019年の本です。買ったのは2019年です。積ん読。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集