日記 10月11日 金曜日 現代社会による孤立の落とし穴
晴れ パン半分
朝から同居人と部屋の収納スペースのことで少し言い争い
そのあと同居人の売りたい服を僕が町田のブックオフバザールで売ってくることになった。
少し寝不足なのでボーっとする。
町田に着いてブックオフで服を売った。630円。そんなもんだろう。
そのあとはディスクユニオンでJAZZの名盤(安価なやつ)を複数枚買った。しばらくJAZZはお腹いっぱいかな?
少し出費がかさんだのでカフェとか行くのはやめよう。
中央図書館に行って気になった本を適当に持ち出し読書室で黙々と読む。
図書館いいね、とてもいい。居心地もいいし本好きからしたら飽きない場所だ。もっと活用しよう。
家に帰って同居人とまた言い争い。
僕が勝手に同居人のものを移動させたりするのが悪いのだけどね。(久々にキレさせちゃって申し訳ない)
喧嘩ばっかの日は疲れる。
仲直りはしたが、お互い心が疲れてしまった。
相手に感謝する気持ちは忘れちゃダメだな。
とにかく感謝はしている、それは間違いなく。
この人がいるから僕は余裕を持って生きられてる。
非情な現代社会の孤立の落とし穴の中に落ちずに済んでる訳で。
一度落ちたことがある身からするとあんな思いは二度としたくない。まるで暗い独房に無期懲役刑で入れられてる気分だった。
孤立の落とし穴に落ちたら自分の病みと他者の無関心(ネガティブな存在への嫌悪)の間で無限ループする羽目になり精神の根っこから社会と断絶させられ、完全孤立してしまう。
そうなると病みから抜け出せなくなり世間とは違う自分だけの世界に生き続けることになる。
そこで他者と関わると対話というものがうまくいかず卑屈と羨望が必ず絡んでくるのでスムーズに関係を構築する難易度がめちゃくちゃ高くなる。
というか楽しい対話ができないのですぐ距離を置かれる。そしてまた孤独を感じ自分の世界に籠もり孤立していく。だから病みと無感心の無限ループなのだ。
時間だけが経っていき年齢による焦りと不安で更に病む、負のスパイラルだ。そしてまた他者と関わろうとして同じことの繰り返し。地獄である。
現代社会でうまく人と関わる権利がある人は余裕がある人で、余裕の無い人は人とうまく関わる権利を剥奪される。「余裕がある」という事が大前提で、その余裕は人とうまく関われてる環境から生まれる余裕だ。
つまり家族関係から始まり人とうまく関われる土壌がある中で育ってきた人はずっとそっち側なのだ。
僕も途中まではそうだった。メンタルを病んでから孤立の落とし穴に落ちて負のスパイラルが始まった。
それでもこの同居人は向き合ってくれたのだ。
あの時あなたの目はやばかったとか言ってたけど向き合ってくれた。今も向き合ってくれてる。
この無感心が広がる海で。有り難いと思わなきゃいけない。
この人のお陰で僕は一定の余裕を得られていて、だから他の人ともうまく関われてるのだ。
僕もイライラを抑える術を身に着けなければいけない。
自戒を込めて絵を描いた。