そして、立つ
内側を感じてざわざわとしたうねりを観る。
嵐のときの木立のざわめきのように、不穏な気配が心に沁み渡る。遠来の雷が聴こえない怒号を響かせている。肌を震わせる轟き。
ひとたび味わったやさしさの湖面が細波を打って険しさを増す。ボートは揺れ、暖かな陽射しも重い雲に隠れてしまう。
頼りない世界の変わらない日常。
移ろいがちな内面の、そのある種せっかちなタイムラインを呪いたくなる。
違う。それは今いらない流れ。波、にせものの波。鎮まりなさい。
私はヒントを得たのだから、それを大切にしないといけない。本当に大切なときに使うためにしっかりと掴んでおいて、湖のなかに落としてしまわないようにしなくてはいけない。
ボートは揺れる。漕ぎ手は私しかいない。
オールを手元に取り戻さなくてはいけない。それがずっと、ずっと、ままならないでいた。
掴んで漕いでいくのだ。嵐だろうがなんだろうが。やさしさの世界にいつでも乗り入れることが出来るように。私が手渡したいと熱望するひとに辿り着けるように。
オールを掴まなくてはね。
揺れる船底の板を踏みしめてヨロヨロとよろけながら、そして、立つ。