誘夜
月が顔を見せる頃になると、胸中の蟠りが忍び足で掴みかかる。
そうして囁き具合の波音が、今度は覆って襲うように寝付きの邪魔をする。
邪険でありながらも私があの黒々しい麗しさを求む訳の一つには、きっと夜空が落ちてきたように、そのまま飲み込んでくれるだろうと期待をしているからである。
そして二つには、矢張り、傷に沁みるような人への容赦の無さと底にある悪戯が簡単には許さないと言っているからで、これは酷い濁りの川なんかにとっては裏腹な話である。あっちの方では呑まれるだけになってしまい、所詮肴のつまみにしか思われていない。
無慈悲と瞬く間に攫うなら、それはある種の救いである。
つまるところ、あの漆色は人の手が届かないからこそ、未だに保ち続ける清楚であり、本来の美しさとも言える。
それ故に、人間は本能に惹かれ、夢は空を映す。
自然は生と死を共に抱え、誘い込む。これによって、私がそれに声をかけられ手を掴まれたとしても振り払えないのは幾分かの理由になるだろうか。