マガジンのカバー画像

ふくせん探偵 日崎マイ子

10
note創作大賞2024、お仕事小説部門にエントリー中。 自身の訪問リハビリでの経験と 介護福祉分野への想いを、 創作ミステリーという形で纏めました。 リハビリに縁がある方も…
運営しているクリエイター

記事一覧

最終話『帰ってきた、ふくせん探偵』

 梅雨は完全に明けて、  祇園ばやしが聞こえてくる初夏。  僕は、中ぶらりんな精神状態で  訪問リハビリの仕事を続けていた。  多香美さんに話したように、  具体的な将来の目標ができた  僕だったが、  最初の一歩を踏み出せずにいた。  日崎さんのおかげで  リハビリの価値を再確認し、  その支援者でありたいとは思った。  しかし同時に、  訪問リハビリの限界も感じた  からこその目標だったのだが。  その頃の僕は、加茂さんの件で  自分をまだ許せずにいた。  それで

第9話『名探偵帰らず』

 その年は早々と梅雨入り宣言が  あったが、雨はまだ降らず。  ただ湿度の高い、  重たい空気だけが満ちていた。  自分の精神状態と同じだなと  思っていたのを、  今でもよく覚えている。  日崎さんの訪問リハビリはあの後、  中止になっていた。  始めは、少し体調が悪いという  連絡があり1週間休んだ。  僕もどんな顔で訪問したら良いか  分からなかったので、丁度良かった。  その時はまだ、そのうち以前のように  戻れる、時間が解決してくれる。  と漠然と思っていた

第8話『迷子の名探偵』

 日崎さんと出会ってから  2度目の春は、  不思議な電話から始まった。  あれは3月下旬頃、春分の日も過ぎて  外の風や空気にうっすらと  春の輪郭が見え始めた頃。  僕が午後の訪問を終え診療所に  戻ってくると、菅ケアマネが  するするっと近づいてきた。 「松嶋君、おかえり!  あなたに電話があってさ。  日崎さんの娘さんから」  日崎さんと聞いてドキッとした。  名探偵は冬の寒さで、  体のこわばりが増していたのが  積み重なって調子が悪かったから、  何かあっ

第7話『名探偵と青紫色の暗号』

 季節はやがて秋から冬に変わり、  バイク移動の身には  堪える日が多くなってきた。    当時は1日に6,7件ほど  訪問していたから、  季節の変化には敏感だった。  患者さんの実際の生活に関わる  仕事の為、季節や気候というのは  リハビリ内容に多分に影響する。  例えば、夏と冬では、  脱ぎ着する衣服の量が違うので  着替えの難易度が変わるし、  夏は熱中症や脱水、  冬は感染症が多いなど、  季節ごとの注意点もある。  また、春や秋は毎回外で  屋外歩行訓練し

第5話『名探偵とジョハリの窓』

 季節は過ぎ、  外は紅葉ときどき寒風。  日崎さんの調子は少し悪かった。  その頃は、  猛暑でフル稼働していた  クーラーによる筋骨格の固さは  随分マシになっていたが、  日崎さんの【黄金の時間】は  少し短くなっていた。  自身についても名探偵だった  日崎さんの自己分析では確か、  秋の土用で自律神経が  【あっぱっぱー】になっているから、  という事だったと思う。  しかし、僕の記憶に強く残ったのは  【あっぱっぱー】は日崎さんの娘時代、  洋服のワンピース

第4話『名探偵と失われた水』

 夏の土用が過ぎた後の日崎さんは  すっかり元通りで、  迷宮入りした哲学者のような様子は  欠片も見せなかった。  この頃にはもう、  日崎探偵が解決した依頼を  試験のごとく定期的に出題することが、  僕たちのお決まりになっていた。  何しろ解決済み案件なので、  僕が何か力になれるわけでもない。  当時は、日崎さんの意図はさっぱり  分からなかったが、  名探偵助手になったような気がして、  単純に楽しみだった。  以下に記すのは  その中でもその夏、  最も僕の

第1話『名探偵登場』

      あらすじ  就職率に惹かれて資格を取り、  確固たるやりがいも見つからないまま  訪問リハビリを続ける理学療法士が、  福祉領域専門探偵、通称ふくせん探偵  を名乗る女性を担当することに。  難病を抱える彼女が活動できるのは、  1日5時間だけ。  季節毎に舞い込む難事件に対して、  『黄金の5時間』で彼女が起こす奇跡  とその生き様に、  毒舌だけが取り柄だった理学療法士は  心揺さぶられ、  セラピストとしても人間としても  成長していく。  名探偵、日崎マ

第6話『名探偵は坂道を登り続ける』

 「松嶋先生はリハビリって  何だと思ってますか?」  日崎さんの問いが僕の脳みそを、  がつんと掴んだ。    その時、  僕が理解していたリハビリは  専門学校や本などで学んだ体の知識と、  現場での経験、講習会で覚えた技術  などを用いて、  患者さんの体の動きを良くする。  適した運動や生活習慣を指導する。  手すりや家具配置など住居を整える。  そうして、患者さんの希望を少しでも  叶えてあげることだった。  全ての希望なんて叶えられないし、  諦めなければ

第3話『土用に耽る名探偵』

 その年は10年に一度の猛暑で、  7月上旬から始まった真夏が  ずっと続いていた。  訪問リハビリという仕事はその特性上、  天気や気候との闘いという側面も  非常に強い。  軽自動車で訪問できるゴージャスな  事業所もあるらしいが、  僕の勤め先だった診療所の場合、  移動手段は自転車か原付バイク。  入職した時、  真っ白なペーパードライバー  だった僕は、しばらく自転車族だったが  当時の先輩に根気強く指導して貰い、  原付バイクに乗れるようになった。  自転

第2話『名探偵と盗まれた財布』

 日崎さんと出会ってから最初の春、  僕の記憶に最も残った案件を  以下に紹介する。  依頼主は、訪問ヘルパーさん。  依頼内容は、  利用者である70代女性の鈴木さん(仮名)  の物取られ妄想について。  この妄想は、  認知機能が低下した時の症状の一つ。  財布・鍵など大事なものを失くした時、  自分が失くしたのではなく、  他人が盗んだと思いこんでしまうものだ。  鈴木さんは、老人性認知症と診断されて  おり記憶力にやや難があるが、  日常の家事は自立しており1人