レイニー レイニー
「雨だ」
と、彼は言った。
「雨なんか降ってないよ」
と、私は言った。
彼は常に持ち歩いている傘を、私を覆い隠すように頭上へ広げた。
「いいよ。私まで変な目で見られちゃう」
「でも、雨が降っているから」
そうは言うが、実際に雨は降っていなかった。
「雨なんか降ってないよ」
と、私は彼に何度言っただろうか。
雨なんか降ってないよ、雨なんか降ってないよ。
傘ばかり差している彼の身体は、不健康そうに白かった。
彼が女の子だったら、その肌は宝物になっただろう。
「雨が降ったら、深海に潜るんだ」
と、彼は言った。
「そしたら全身濡れちゃうじゃん」
と、私は言った。
彼は傘を閉じ、私を連れ去るように足元へ落とした。
「雨が降ったから、深海に潜ろう」
と、彼は私に何度言っただろうか。
「雨なんか降ってないよ」
彼は逆に、雨の日は傘を差さなかった。
その結果、風邪を引く事など何回もあった。
「この街は水槽に沈むんだよ」
と、彼は言った。
「この雨は君の悲しみだ、この水槽は悲しみの受け皿だ」
とも、彼は言う。
「君の涙は雨だ。雨の音は心だ」
何度も、彼は言った。
「涙は雨の中じゃ分からないよ」
何度も、何度も。
「雨なんか降ってないよ」
何度も、私は言った。
雨なんか降ってないよ、雨なんか降ってないよ。
こうしたやり取りを、私達はどれくらい繰り返しただろうか。
何がキッカケで、彼の心には雨が降り始めたのだろう。
「君はさ、いつも可哀想な顔をしている」
降っていないのに。
「雨だ」
「雨なんか降ってないよ」
雨なんか降ってないよ、雨なんか降ってないよ。
「でも。君は――」
雨なんか降ってないよ、
「雨なんか降っていないのに」
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