NHK短歌への投稿作・1月号
選者:川野里子先生 題詠「天」
立ち食いの天ぷら蕎麦の海老天は衣ぶあつくそれがよろしい
あめつちにわれひとりたつあしもとにたねながれきてはなゑまひたり
眩輝 老人モネの視野を覆ひ水爆のやうに睡蓮ばかり 川野里子
「画家のモネは晩年白内障に悩まされました。その真っ白で不安な視野を想像してみた作品です。」と書いておられます。「水爆のやうに」の語にエッと思いますが、画家にとって視力を失くすというのは水爆に遭うのと同じくらい悲劇なのかもしれません。ぼうっとした球形の白があまたに重なる光景は確かに怖い。
選者:山崎聡子先生 題詠「友だちのこと」
年賀状毎年くれる友ありて要らぬといえず二十五年過ぐ
飴ひとつわたせば飴とチョコ返す君は律儀で少ししんどい
指輪ゆびわ嵌めてあげるね滑らかな血がふつふつと湧くサファイアの
山崎聡子
サファイアの青と、血がふつふつとのイメージが最初は結びつかなかったのです。調べたら赤いサファイアがルビーなんですね。しかしサファイアと書かれているのでおそらくあの青いサファイアなのでしょう。「ふつふつと血が沸くようなサファイアの指輪ならば、いつの日か身につけてみたい気がします。」と書いておられます。誰かにもらったと限定しなくてもいいのかもしれません。自分の解釈では、愛する人にサファイアの指輪を嵌めてもらったことによる嬉しさ、高揚感を感じます。
選者:吉川宏志先生 題詠「切る」
この人は契約更新しませんと下すとき確実に好き嫌いある
ミシン目はおもしろきものあやまたずまっすぐに紙を分かつおもしろ
※もう一首送ったのですが、心境の変化があり掲載は見合わせます
毛の包む耳を撫でおりごめんなあ交尾させずに十年過ぎた 吉川宏志
動物の三大欲(食欲、睡眠欲、性欲)のひとつを奪ってしまったことへの贖罪。しかしこれを人間に置き換えると(強制的に生殖機能を奪われる場合を除いて)必ずしも不幸ではないのかもしれない。というのも私この週末に「誰にも相談できません/高橋源一郎著」を読みました。すると18ページ目に驚きの記述が。
芸術家にとって、童貞(処女)で居続けるのは幸せなことなのかも、と思えてきました。
選者:岡野大嗣先生 題詠「高速道路」
海の上とばすよ四方に桜の島明石大橋鳴門大橋
下道でゆっくり行こうちょっとだけ畑の蜜柑をもいだりしてさ
本棚のむこうでアンネ・フランクが焦がれたような今日の青空 岡野大嗣
アンネ・フランクはホロコースト犠牲者、の意識しか無かったのですが、この歌ではそうじゃない。今日はこんなに素敵な青空、私を外に出してよ!と作者に呼びかけている。彼女だってひとりの普通の女の子、世界中の人に暗いイメージを持たれ続けるのは嫌かもしれません。このアンナ像は新鮮で衝撃です。