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しし#SS

 時は江戸の世。とある藩の殿様が木彫り名人の又六に獅子ししの像を注文した。獅子といえば、安土桃山時代は狩野永徳の唐獅子図屏風が有名である。しかし殿様は納得しない。あの絵は見事だが、噂によると本物の獅子にそれほど似ていないらしい。わしは本物そっくりの獅子の像が欲しいのじゃ。
 又六困った。そんなことを言われても困る、本物の獅子なんて見たことない。知り合いの知り合いのそのまた知り合いの、長崎の異人の話によれば、巨大な茶猫の首周りに毛をふさふさ生やしたものが本物の獅子にそっくりという。そこで又六、近所の茶猫をかつぶしで手なづけて日夜獅子の像彫りに没頭した。
 お披露目の日が来た。風呂敷をうやうやしく取りのけた下から現れたのは、獅子……いんや、首周りに毛をふさふさ生やした巨大な猫にしか見えぬ。さすがの又六でも実物を見たことのないものは彫れぬし、腕が良いのが裏目に出て見れば見るほど猫そっくりである。
 殿様「うぬ。ただの猫にしか見えぬが」
 又六すまして「さすが御殿様の御目は誤魔化せぬようで。又六といえども見たことのないものは彫れませぬ。獅子というのは大きな猫に似ていると聞き及び、白状しますと近所のばかでかい猫にちいと座ってもらって彫ったのでございます。この猫は飯を食っては寝るばかりでちいとも鼠を獲りはせず、そのためぶくぶく肥えて今では二貫半(約九Kg)もあるのでございます。元々たまという名があったのですがそのため皆こいつをしししし、と呼んでおり、ししと呼ばぬとにゃ~と返事せぬようになってしまいました。御殿様、これぞ正真正銘のししの像でございます」

 おあとがよろしいようで。



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