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【専門分野を簡単に解説】ゼロから学ぶ軌道の話#1

こんにちは、あきまるです。私は仕事で、人工衛星の軌道の設計や推定、予測、制御、それらに関する研究をしています。「軌道」といわれてもピンとこない人も多いかと思いますので、今回は「軌道」の基礎について書いてみたいと思います。

軌道って何?

軌道とは衛星や人工衛星の通り道のことです。英語だとOrbitやTrajectoryと言います。OrbitもTrajectoryもどちらも日本語だと「軌道」ですが、Orbitは規則正しくぐるぐる回っているイメージで、Trajectoryはあるところに行くだけの片道切符のようなイメージです。例えば、地球や月、火星などの天体の周りをまわる軌道はOrbit、地球から月に向かう軌道などはTrajectoryと言います。

冒頭にあるように、私は仕事で、軌道設計や軌道推定、軌道予測、軌道制御をしています。機会があれば今後それぞれについて解説していこうと思いますが、今は簡単に以下のようなイメージを持っておいてください。

軌道設計:目的を達成するための軌道を考えること
軌道推定:人工衛星がどこにいるかを推測し、決めてあげること
軌道予測:人工衛星が今後どのように動いていくかを予測すること
軌道制御:目標の軌道に修正したり、デブリをよけるために、燃料を使って軌道を修正すること

人工衛星も惑星も、原理はボール投げと同じ

突然ですが、あなたはどのくらいのスピードでボールを投げることができるでしょうか?60 km/hくらいでしょうか?それとも150 km/h?もし後者であれば、今すぐに野球選手を目指しましょう。

ボール投げをイメージしてください。あなたは今、ゆっくりとボールを投げました。当然、飛距離はでず、ボールはすぐ落ちてしまいました。ちなみに、このときボールが通った道筋はTrajectoryと言います。

今度はもう少し頑張って速く投げてみましょう。頑張りましたので、先ほどよりも遠くに落下させることに成功しました。

では、もっと頑張って速く投げたらどうでしょう?今度は、ボールを地平線の彼方まで飛ばすことに成功しました。

ちなみに身長1.7 mの人が見る地平線はざっくり4 kmくらい先なので、ボールが1.7 m落ちる0.6秒の間に4 km以上先までボールを飛ばす必要があります。空気抵抗は考えないとすると、だいたい6.8 km/sくらいの速さで投げる必要があります。時速だと約2万5000 km/hです。大谷選手が150 km/hで大谷選手を投げ、その大谷選手がまた大谷選手を150 km/hで投げ、…、を160回くらい繰り返すとこの速さになります。

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地平線の彼方まで飛ばせるようになったので、スケールをもう少し広げてみてみましょう。地平線の彼方まで飛ばすことに成功しましたが、地球を1/4くらい進んだくらいで、やはり落ちてしまいました。

さて、もっと速く投げてみます。今度は地球の裏側くらいまで行きました。あと少し頑張ってみましょう。

はい、来ました。ついにボールは落ちることなく、地球を一周して元の場所に戻ってきました。空気抵抗がないとすれば、ボールの速度は投げだした時と同じはずですね?そうすると、ボールは何もせずとも2週目、3週目と同じところをぐるぐる回るでしょう。あれ、これって、もうTrajectoryではなくてOrbitですよね?

そうです。このボールはついに人工衛星になったのです。このときの速さ、実に7.9 km/s。2万8800 km/h。専門用語でいうと、第一宇宙速度と言います。高校物理で習った人もいるかもしれません。人工衛星は、このように十分に早いスピードをもって投げられたボールのようなものなのです。

図2

ちなみに投げる速さを上げていくと、ボールが落ちる時間は0.6秒よりもどんどん長くなっていき、最終的には地面に落ちなくなります。なぜでしょうか?それは、ボールに遠心力が生じて、ボールからすると上方向に引っ張られるからです。

普段私たちが生きている世界では、地球はさも平面であるかのように見え、常に真下方向に重力があるように感じています。しかし、実際は、重力は常に地球の中心に向かって働くので、Aの位置とBの位置では重力の方向が微妙に違います。そのため、速度を持った物体には重力と反対向きに遠心力が働きます。ボールからすれば上にちょっと引っ張ってもらっているイメージです。もっとも、普段生きていく上では、こんなこと考えなくてよいほど、地面は平らで、重力も真下に働いているとみなしてよいのです。もし、真下ではない方向に重力を感じたのならば、それは気のせいか病気です。

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この遠心力は、速度の2乗に比例して強くなります。速度が2倍になったら、遠心力は4倍になります。ですので、速くなるにつれ、どこかで重力と同じ大きさになり最終的には地面に落ちてこなくなります。この時の速度が第一宇宙速度なのです。

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これが人工衛星が落ちてこない原理なんですね。ISSや静止衛星ひまわり、GPS衛星など、地球の周りをぐるぐる回っている人工衛星はこういう理由で地球の周りを回っています。

高度がゼロのときにボールが落ちずに地球を一周するためには、7.9km/sの速さが必要でした。では、もっと高いところから投げたらどうでしょうか?ISSや静止衛星がある高さだと、以下のようにもう少し遅くてもOKになります。高度があがると必要なスピードは小さくなり、ゆっくりと回るようになるのがわかるかと思います。

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ちなみに、月も地球の周りをくるくると回っています(ほんとは違いますが、これはまたの機会に…)。どのくらいの速さで回っているかというと、約1 km/sです。意外と遅いですね。

同じように、地球は太陽の周りをくるくる回っています(こちらも厳密には違いますが)。速さは約30 km/s。1年で9.5億 kmくらい宇宙空間を旅していることになります。普段意識することはありませんが、私たちは地球にのって宇宙をかなりの距離旅しているんですね。

どんどん早くしてみよう

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さて、話を戻します。余裕で第一宇宙速度でボールを投げられるようになったあなた。楽しすぎて毎日ボールを投げては85分後に反対方向から戻ってくるボールをキャッチして遊ぶ一人キャッチボールをしていました。

あなたは天才なので、日に日に速度が上がっていきます。ボールの軌道は円からどんどん楕円になっていき、それに伴い、ボールが戻ってくるまでに時間がかかるようになってきました。そしてそんなある日、ついにあなたはもう一つ上の世界に達してしまいます。

ボールが戻ってこない。

ボールは速すぎるがあまり、地球の重力の影響圏(SOI; Sphere of influence)を脱出してしまったのです。このときの速さ、実に11 km/s。これを第二宇宙速度と言います。

ではボールはどうなったか?ボールは地球からは脱出できたものの、今度は太陽の重力にとらわれて、太陽の周りをぐるぐる回ることになります。

火星や木星探査に行く場合は、この第二宇宙速度以上になり、地球のSOIから脱出する必要があります。水星探査に向かっているベピコロンボや、金星探査衛星のあかつき、火星に向かうMMXがこれです。

ちなみに、探査衛星は、目標天体に近づいたら、目標の天体の周りを回るように、速度を調節してあげる必要があります。もし、速度を調節しないと、いわゆるスイングバイをして、またどんどん天体から離れていってしまうのです。スイングバイの話はおもしろいので、また別記事で。

まとめ

軌道とは何か、人工衛星とボール投げ、第一宇宙速度や第二宇宙速度などが今回話に出てきました。これらについて、なんとなくわかった気になってくれていれば、とてもうれしいです。ここまで読んでいただきありがとうございました。また、


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あきまる@宇宙の研究者
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