認知症10年の祖母が覚えてた90年前の音楽
大好きでたまらない祖母が認知症になってから、10年かな?それ以上?くらい経ちます。
今日スマホの写真整理をしていて、改めてここ数年で祖母が一気に変わったなあと感じて、可愛&せつないで胸キュンしてました。
今は全体的に表情が乏しくて、ぼーっとしていることが多くなりました。お地蔵様みたい。(それはそれで萌えるんだけど
もちろん話しかけた時の意思の疎通度も全く違う。
今の祖母は、何か話しかけても何を言われてるのか理解できてなさそう。
もしくはその時に理解しても次の瞬間に忘れて、自分は全く違うことを考えてたり。
だから私が帰った時に「私は誰??」って聞いても、
私が誰なのかを考えてもわからない、というよりは
そもそも何を聞かれてるのかわかってないことが多い。
どっか向いてて目が合わなかったりします。
認知症って基本的に「短期記憶は保持できないけど長期記憶は残ってる。だから昔のことは覚えてる」と言われます。
でもそれもうちの祖母レベルになると、そもそも「聞かれてることがわからない」。そして長期記憶の保存フォルダも、多分結構スリープモードだろうと思います。もし覚えてたとしても、それを表現する部署がもう機能してない。
でも最近、「こんな状態のばあちゃんでも覚えてるんだね」って家族で驚いたことがありました。
「小2の私」とじいちゃんのグッジョブ
話は少し遡って、私が小学校2年生の時。
祖父に、祖父の時代の小学校の校歌を教えてもらったことがありました。
祖母、祖父、母、私は同じ小学校卒。
でも母の時にはもう校歌は変わっていて、母と私は同じ校歌です。
祖父に教えてもらってた「祖父の時代の校歌」を、去年の10月くらいに急に思い出したんです。
「わーー!これ、ばあちゃんに歌ったら覚えてるかな??」
楽しみで、急いでスマホに歌を残しました。
その後実家に帰省した時、
「ねえばあちゃん、これ覚えてる??」
って、その校歌を歌いました。
そうしたらニコッと笑って、一緒に口ずさんだんです。
みんなで大喜び。
「おらにも教えてくれ」という母に
その昔の校歌を教えて、
それ以来母はいつも祖母に歌ってるそうです。
大半はしらーーーっとした顔をしてるそうですが(笑)
ごくたまに、大きい声で一緒に歌ってびっくりすることがあるそうです。
「わーー、ばあちゃんおぼえてたねえ。一緒に歌ったっけねえ」
っていうと嬉しそうにニコッとする祖母。共有できるのって嬉しいよねえ。
で、次の瞬間には「歌なんて何のこと?」みたいな感じになってるんだけど(笑)
調子の悪い時には隣で歌っても無表情で
「この歌知ってる??」って聞いても「しらね」って言うこともある。その塩対応がまた堪らん。
印象の残り香
こんなに脳みその中がどんどん色々と消灯していってても、小学生の時の校歌を覚えてるってすごいなあと思います。
小学生の頃の、貧しくて大変だけどまだ無邪気に子供でいられた時代。
戦争も関係なかった時。
みずみずしい好奇心や楽しかったその時間と空間を象徴する1つが、祖母にとっては校歌だったのかもしれません。
音楽ってただの音の羅列じゃなくて、
その人の人生の鮮やかな時間を切り取ったものなのかもな、と思います。
「この歌聞くと胸がキュンとする」とかあるもんなあ。
その時のエピソードを具体的に覚えてなくても、
「切なさ」「悲しさ」「苦しさ」「嬉しさ」
そういう、その時強く感じてた気持ち・印象そのものが、残り香みたいにダイレクトに胸にくる。
90年前に少女の祖母が歌ってた歌を、90年後、ボケちゃってからも一緒に歌えてとっても幸せな時間でした。
私にとってはこの校歌は
「お母さんとばあちゃんと一緒に歌えた幸せな時間。そして、ばあちゃんともうすぐお別れすることへのちょっと切ない気持ち」として、
これからもずっと残るんだろうな。
音楽って、人生の時間を豊かに彩る絵の具みたいだなあと思います。
ここからは「世界平和音楽祭」コン活隊長としてのinfo。今日のこの記事も、コン活をしてなかったら多分書かなかっただろうと思います。
書いてみたら自分が思ってた以上に、
音楽やそれがくれる感動が、人生を思わぬところで豊かにするんだなあ!と感じます。
とっても豊かな絵の具になること間違いなしの、おすすめのクラシック公演がこちらです。
大きく心を動かせるのも生きてるからこそ。ぜひご一緒に、心震える時間を!
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5/21(土)世界平和音楽祭
ベートーヴェン「第九」
@東京オペラシティ・コンサートホール
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