多様性は楽じゃないけど、成長できる ~移住生活から学んだ、価値観の違いを超えて得られるもの~
最近こんな声を投げかけられた。
神奈川県横須賀市から岐阜県恵那市の小さな農村へ移住をはたして10年目、住民のほとんどが生まれも育ちもずっとこの村、というような土地柄で移住者など数えるほどもいなかった。
移住当初は誰の顔もわからない、というような状態だったが、徐々に子どもの小学校や保育園、消防団、自治会などを通して、同世代でも知る顔が多くなった。
冒頭の言葉は、そんな中でも移住してきた自分のことをずっと気にかけてきてくれるようなやさしさを感じる人から発せられたもので、自分に対して投げられた言葉ではないが、時事ネタ的な話の中でふと世間で「マイノリティ」と呼ばれる人たちに対する本音を吐露したのだった。
価値観の違いを超えて得られるもの
土地柄、若い世代でも保守的と呼ばれる人が多いのは確かだ。暮らしのあらゆる場面で昔ながらの価値観や習慣が幅を利かせているという印象がある。
オレ自身は、横須賀の新興住宅地に生まれ育ち、横浜のリベラルな私立中高一貫校、都内のカトリック系私立大学を経て、定職にもつかず音楽活動に明け暮れてきた。
そこでは自分が特別変わってるとか、何か少数な属性にある、と感じることはほとんどなかった。わりと同じような境遇の人たちにたくさん出会ってきたからだろう。むろん横浜や東京の巨大な人の波の中で、オレの経歴など珍しくもなく目立つことも何もなかった。
いろんな「普通」があるのが当たり前で、人は「自由」に生きられるのが当たり前と思っていたところから、一気にこの土地に飛び込んできたものだから、オレが「当たり前」と思って発した言動は「新しい」とか「都会の風」とか言われて何かと採りあげられ、どうやら自分は「ヨソモノ」という属性を与えられたのだと理解した。
同時に地の人に多く見られる、いわゆる保守的だとか、全体主義とか、旧来型とか昭和だとか、そういった価値観に相対したとき、それらは制限、束縛、抑圧、服従、という意味に感じられもした。それらの価値観を全面に押し出してくる人たちには、お国言葉の語気や強面もあいまって「自由」が脅かされていると感じ、ちょっと怖い印象さえ受けていた。
しかし彼らからすれば、秩序、規律、連帯、協力、絆、を意味するものであり、実際に小さなコミュニティに暮らしていれば、少なからず彼らの大事にしてきたことが、集落を持続的に維持してくることにとても大切な役割を果たしてきたことを実感するようにもなった。
古い、と言われる価値観が社会の刷新を妨げているとよく言われるが、それを大事な価値観として持ち続けている人たちにとっては、新しい価値観や分類しがたい属性を持ち運んでくる人たちは、自分たちの平和や絆を打ち崩そうとする脅威に見えるだろう。その意味を挙げるなら、破壊、混乱、侵略、分断、冒涜、なのかもしれない。
ましてやメディアでは「ヨソモノ」がもてはやされ、地道にこの地を守ることに努めてきた人たちの存在が顧みられない状況にでくわせばなおさらだ。
冒頭の彼の言葉は決してヨソモノに対するものではないのだが、それもこれも含めて「多様性を尊重せよ」との声から聞こえる「古いものは打破せよ」という世間の潮流にぶちあたっている彼らの大事なメッセージが読み取れる。
「自分たちも尊重してくれ」
「自分たちは尊重されずに傷ついている」
大事なものを壊された、と感じる感情にヨソモノも地の人も違いはない。自分の方が、と言い合えば寄り添える余地もない。
多様性とは、生まれ持って得た変えようのない属性群が多数存在することが本来の狭義ではある。
つまり、ヨソモノだというだけ、地の人だからというだけで色眼鏡で見られ安心して生きる権利を阻害されてる、という状況があるなら多様性が尊重されていない、ということができる。
そういう意味で振り返ってみると、オレ自身がヨソモノだから、地の人だからというフィルターをかけ過ぎていたことも否めない。
地の人の物言いに反射的に身構えてしまっていたのも「地の人だから」、と話を深める前から決めつけていたからだろう。
しかし、ヨソモノ、地の人、と自他ともに属性でくくらず、一人の切なる願いとして読み取ることができれば、主義主張の違いを超えて、同じ人間としての存在を感じられるかもしれない。たとえ賛同はできなくても、そこから得られるのは、自分の中から生まれる「やさしさ」であることは自分の実感として言ってもいい。
そうすると当たり前だが「地の人」といった同じ属性だからといって、その中にだって多様な考えがあり、決して一枚岩でないことにだって気が付く。それはやっぱり実際にコミュニケーションをしてみないとわからないのだ。何も確かめることもなくレッテルだけ貼ることがお互いの誤解を招き、かえって生きにくさを助長することは肝に銘じたい。
そういう意味では、地域の集まりに顔を出したりするのは、多少肩身の狭い思いをしたとしても、自分の存在を知ってもらうためにも大事なことだ。いなければ、無い、と同義なのだから。それは何もヨソモノだけでなく地の人同士にとっても同じなのだ。
多様性は楽じゃないけど、成長できる
こういうことは何も今回だけでない。恵那に移住してからの9年間、いつも頭の中で「ヨソモノ」としての自分と周りとの「違い」がめぐっていた。
はじまりがふるさと活性化協力隊(地域おこし協力隊に準ずる恵那市独自制度)だったこともあって、暮らし方として地域の人と積極的にかかわる、という選択をしてきた。
その過程で、自分が持っていた価値観の違い、習慣の違い、言葉の違いに向かい合い、悩み、乗り越えようともがき、人として大事なことが違いの中にもあると学んできた9年間。
このnoteにオレが書いてきたのは「移住」にまつわるあれこれがテーマだが、その中身としてはこうした「違い」について経験し感じてきたことだ。
さきほど、多様性とは生まれ持って得た変えようのない属性群が存在すること、と書いたが、人の価値観が少なくとも生まれ育った場所によって接するモノやヒト、コトなどに違いが生じるがゆえにある傾向を帯びて形成されてきたものと考えれば、それもまた多様性の一つと言えるだろう。
だから多様性ってやつは楽じゃない、と「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」の主人公が言っていたことに、オレは非常に共感できる。
分け隔てなく接したいだけなのに、自分としては当たり前に浮かぶ思いを否定されたり、あるいは否定されるんじゃないかと自分から壁を作ったりと、なにか怯えた暮らしをせざるを得ない。
だからと言って多数の方に迎合していくのもまた違和感がある。どちらが正しい、ということでもないのは理解しながら、はいそうですか、と飲み込めるものでもない。
こうした自分の中の葛藤というのは、移住して田舎で暮らすことで初めて沸き起こったことだった。もし自分がまだ街暮らしを続けていたら、自分と違う考えに思いを寄せることなどできない人生を続けていたかもしれない。
もちろん都会だろうと、異なる属性同士が同じ場にいるとき、「違い」を自覚したり、多様性がないがしろにされる場面は多々ある。
だが、人も少なく人間関係の凝縮した田舎においては、違う、ということが自分にも周りにも想像以上に大きなインパクトを起こすことは、覚えておいた方がよさそうだ。
だからこそ違いを乗り越えようとするのは、時に息苦しさを覚えたり、投げ出したくなるくらい面倒なことなのだが、相手が大事にしていることが何かを腹の底で気づいたときに自分の中に沸き起こる優しさのような感覚は他では得られない。
だからなのか、この9年の恵那暮らしの中で、ゆるやかに自分の価値観もきっと変化してきてることも感じている。自由を大事にする価値観は今も根幹にありそれを変えようとは思わないが、ともすると「自分勝手」を「自由」と履き違えていたんだろうなと振り返ることすらある。
多様性の尊重のために働きかけることは、自分を受け入れてくれ安心して暮らすためなのはもちろんだが、相手の価値観に寄り添うことで自分自身を一つ上の視点から見ることのできる人間的な成長をはたすことなのかもしれない。
自分が当たり前でない存在であることを浮き彫りにしてみたい人はぜひ我が家へ。地の人と交流できる場づくりを進めています。
▼多様性について思い悩んだことを書いたnote