スポーツ・マン~サッカー火星ワールドカップ
〇火星独立100周年記念事業
テラフォーミング事業から100年。ようやく独立を勝ち取った火星連邦政府は、己の威信を誇示するため、とあるイベントの立ち上げを企画する。
サッカーワールドカップ。
火星でサッカーのワールドカップを——しかも、地球側のチームも参加する——開催する。火星連邦の国力を示すには十分の場であるが、それには困難が付きまとった。数えきれない問題の数々——地球との距離や環境の違い、そして経済——が目の前に広がっている。だが、一時は暗礁に乗り上げたこの企画も、関係者各々の情熱と政治的な策や駆け引き等でようやく実現する運びとなった。そして……
〇疑惑
サッカー火星連合チームの快進撃は記憶に新しい。
決勝でドイツに敗れたとはいえ、準優勝、2位。
初出場の急ごしらえの混成チームにしては十分過ぎる成績である。
もちろん、ホームの利もあった。長旅を行う他のチームと違い、そのハンデはなく、コンデション調整も問題なく試合を進めることができた。
しかし、それにはあるうわさがついて回った。
あいつらは金で勝利を奪い取った、と。
八百長である。
〇依頼
ここだけとらえれば、敗戦したチームとそのサポーターの単なる負け惜しみにしか聞こえない。しかし、SFAF(太陽系サッカー協会:solar system Federation of Association Football)は動いた。火星のマフィアが八百長試合に関与、ブックメーカーを利用し不当な利益を得ているとの情報提供を受けたからだ。フリーライターのレイチェル・シンクレアは、独自のルートでその情報を手に入れ、取材に動き出すことになる。
〇取材
レイチェル・シンクレアは一部の間では著名なライターである。世界的に有名になったロックバンドのメンバーの半生を追った伝記が有名で、自身の著作を高級品である〝紙の本〟で出版できるほど。その彼女がサッカーに興味を持った理由は分からない。だが、彼女の創作意欲を掻き立てたのは事実であろう。彼女は精力的に動き出す。そして、当局の取材を経て、マフィアが賭けによって何ら利益を得ていない事実を掴む。それでは誰が八百長で得をする? そして、どの試合でそれが行われた?
〇八百長試合はどれだ?
それはおそらく決勝であろう。決勝だけがそれまでの火星連合チームにらしくないミスが多発した。
火星合同チームはドメニク監督のもと、1-4-6の6トップ、しかも『1』はゴールキーパーという驚愕のフォーメーションの超攻撃型のサッカーを展開した。キーパーがゴールマウスから遠く離れ、攻撃に参加する。かなり長い間、ゴールががら空きの状態でプレーするのだが、前線からのハイプレスにより相手にボールを渡さない。90分間常に攻撃を続け、主導権を握り続ける……。いわばゼロか百の戦い方をし、それが見事にはまった。予選リーグから決勝トーナメントまで失点ゼロ、平均得点4.3と快進撃を続けた。
それが決勝では……。パス・シュート・ドリブル・ポジショニング……。サッカーを構成する全ての要素にプロのレベルとは言えないプレーが頻発。これでは勝利の女神は微笑まない……。試合結果は4-0……。こうして火星合同チームのワールドカップは終える事になる。
疲労……。あんな運動量の多い試合を続けていれば当然、という声も多い。しかも、スタメンはほぼ固定。だが〝怠慢〟と受け取られてもおかしくない。
他の角度が必要だな……。
レイチェルは〝情報提供者〟を探すことにした。
〇〝一人〟を除いて取材拒否
選手・監督やコーチ陣・協会関係者は多忙を理由に取材を拒否された。その周辺で飯を食っているライターやマスコミも同様だ。
八方ふさがりのレイチェルだが、一人だけ取材協力者が現れた。
リサ・カンセコ。元ワールドクラスの女子サッカー選手、故人である。
ワールドカップのアンバサダーとして活動している。表向き、〝彼女〟のインタビュー記事を書く事にする。
〇すでに死んでいる。
「私はいわゆるアンドロイドだ。本人はすでに死んでいる」とリサは言った。
スポーツ・マン。本人の承諾を元に、生前に培った技術やキャラクターを量子AIに移植したアンドロイド。かつての名優や歌手の〝再現〟に使われる技術だ。リサ・カンセコは、死後自身のパーソナルデータを移植し、アンドロイド「スポーツ・マン」として活用するよう遺言に残したのだ。目の前の彼女は偽物だが、レイチェルには本物の人間の女性にしかみえなかった。そして、スポーツ・マンのリサ・カンセコは言う。〝八百長〟の情報提供をしたのは自分だ、と。
〇機械からの奇妙な依頼
あの試合は間違いなくコントロールされたものだ。なぜなら、火星合同チームの全員はスポーツ・マンだからだ。スポーツ・マンには共通のクラウドデータベースがある。そこで、今のリサは、火星チームのメンバー全員と接触したと主張する。つまり——。
火星合同チームは全員アンドロイドだ。
これが事実とすれば、明らかにレギュレーション違反。ドーピング以来の新たなるスキャンダル。プラグラムに打ちこめばどんな試合展開も容易に実行できる。
リサはさらに奇妙な事を言う。
火星合同チームと対戦したチームのメンバーはまだ人間なのか?
新型の——私は旧式だが——スポーツ・マンは人間でいえば細胞にあたるものをナノマシンで構成する。しかも、認可前、違法マシンの可能性もあるものだ。そのナノマシンが人体に影響を与え、〝感染〟しているのでは。
「〝感染〟するとどうなる?」
「それを調べてほしい。もしかしてそれが目的でワールドカップを開いたのかも。それに——」とリサ。八百長でサッカーの試合をコントロールできるのなら、規模を広げれば……。
「社会を、世界をコントロールできるかも。……スポーツ・マンの元となった選手、〝本物〟の人間たちはどうなった?」まさか死んでいるのは?
「知らない。その件に関してはすでに別の者に依頼した。信頼できる筋だ。危険かもしれないしな。リスクは分散する。が、あとで別ルートで紹介しよう」
レイチェルは依頼を受ける事にした。これが事実なら、裏で糸を引いている黒幕の意図を知りたい。無性にだ。ライターとしての本能。レイチェルは 先に取材した——〝別ルート〟の者だ——当局の年配の捜査官とその相棒マルコムとの何気ない会話を思い出す。
最初の人間は自分がサルから進化した瞬間を認識していたのか?
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