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湯を沸かすほどの熱い橋



渡良瀬橋でブォオオオオオオオオオオン夕日を
あなたはとても好きだったわ
きれいなとこでブゥウウウウウウウウンったね
ここに住みたいと言った




栃木県は足利市駅から徒歩一〇分程度、渡良瀬川に架かる中橋を超え、駅とは対岸にある河川敷を歩いて行くと、歩道の隅に 森高千里『渡良瀬橋』 の歌碑がポツンとある。

歌碑の横の電柱には横断歩道を渡る際に押すようなボタンがあり、そのボタンを押すと、頭上にあるスピーカーから『渡良瀬橋』のフルコーラスが流れる。

夕暮れ時に行くと、渡良瀬川の後ろにある山間から漏れる夕日を身体全身に浴びながら、耳で森高千里の声を聴き、目で『渡良瀬橋』の歌詞を見て、悦に浸ることができる。


あなたがこの街で
暮らせないことブォオオオオオオオンってたの
なんども悩んだブウウウウウンだけど私ここを
離れて暮らすこと出来ない




立地の都合上、全身に浴びている夕日は車道を走る車で途切れ途切れに遮られ、耳で聴いている森高千里の声にはエンジン音が混じる。


山         

渡良瀬川         

河原

二車線道路

歌碑




生活のため、仕事のため、何気なく車道を走る車と、趣味のため、休日のため、意思を持って歩道に佇む私の、双方には温度差があり、自然とドライバー達の視線が私に集まる。




渡良瀬川

河原

歌碑



二車線道路


向かいの歩道に歌碑を設置できればと思いを巡らせている頃には、森高千里はしっかりとフルコーラスを歌い上げ、約四分間で悦と羞恥が入り交じって鍛えられた私の精神は、躊躇することなく、もう一度電柱のボタンを押す。


「こんにちは~」


キャップを被り、リュックサックを背負い、こちらを伺うように歩いてくる中年のおじさんの目に同じ意思を感じ、挨拶をした。


軽く会釈されたものの、歩道脇にある階段を降りていったので、同志ではなかったのかと思うも、森高千里がリコーダーを吹く曲の終盤にさしかかり、ふと後ろの階段の先を覗いてみると、遊具が一つ二つしかない小さな公園のベンチでおじさんが私の後を待つようにして煙草を吸っていた。


しっかり二曲分聴いて満足した私は、近くにある銭湯、花の湯へと向かった。


歌詞の中にある、八雲神社や床屋の角にポツンとある公衆電話も見つけるべきだと思うが、ズボラな私は、花の湯の道中に偶然あればいいなと思ったぐらいだったので、当然見つけることはできなかった。


午後四時。


日曜日は銭湯が定休日のため、土曜日に歌碑と共に訪れることを前々から考えており、嬉々して暖簾をくぐっていくと、真っ先に映画『湯を沸かすほどの熱い愛』のポスターが目に入り、その撮影で使われた有名な銭湯であることがわかった。

人が良さそうな番台のおばあちゃんに入浴料を払い、ふと下を見ると、花乃湯セットと書かれたポスターがあり、隣にある焼き鳥屋での焼き鳥とビール、小鉢のセットが千円とあったため、こちらのクーポン券ももらっておいた。

ガラガラと戸を引き、洗い場に入ると、まだ明るい外の日が、高い天井の窓から柔らかく降り注ぎ、カランカランと鳴る風呂桶の音が、その光に混じる。


「ここのお店はね、五時からだからゆっくり入ってちょうどいいわね」


番台のおばあちゃんが言うように、ゆっくり身体を洗って、ゆっくり湯船に浸る。

内湯が二つしかない、一般的な銭湯ではあるが、温度は比較的高めに設定されており、ゆっくり入っていると、あっという間に芯から温まり、洗い場で休憩しながら、富士山の壁画を見たりして、のんびりと過ごした。


午後五時。


羽織ってきた上着を手に持ち、銭湯を出て、十秒ほど歩くと、焼き鳥屋の暖簾が見えた。

番台のおばあちゃんにもらった、子供の頃、町内会の出店で使っていたような紙のチケットを焼き鳥屋の店主に渡し、花乃湯セットなる、焼き鳥の盛り合わせ、ビール、小鉢を頂く。


あなたが好きだと言った
この街並みが
今日も暮れてゆきます
広い空と遠くの山々
二人で歩いた街
夕日がきれいな街




焼き鳥屋を出ると、辺りはすっかり日が暮れ、暗くなった夜道の中、改めて『渡良瀬橋』を聴きながら駅まで歩いた。



       


       引用元: 森高千里「渡良瀬橋」

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