「子の心配、親知らず」と気づく夏の始まり
「お父さんは毎年恒例の高校野球観戦にいったよ。暑いのにねえ」
ポコンとラインに入った母からのメッセージに「こんな猛暑で!?!!」と焦ってAmazonのお急ぎ便で28℃以下になればひんやりするネッククーラーを実家に送り、
「スマホとか免許証とかお金が入るくらいのいい感じのショルダーバッグないかしら。お父さん最近、あれどこいった?て探してるようだから」
またまた「えっ!?そうなん!?」となる母からのラインの音。
すぐさまネットで2,3個候補を見繕ってスクショを送り「お父さんこれがいいって」と言われたバッグを実家へ郵送した。
ラインを覚えた2年前くらいからちょこちょこ日記のようなラインが母から届く。たまに打ち間違えのような日本語が混じってはいるものの、わたしも兄も実家を出てるからなんとなくどんな感じで過ごしてるのかが分かる。
祖母がいなくなった実家は静かになってしまったから気にはなってたけど、何やかんや夫婦ふたりでそれぞれのペースで過ごしてるらしい。
それはそれで良かったんだけれども、最近、ドキリと来ることがある。わたしが誕生日を迎えれば必然と両親も誕生日を迎えて1歳年を取る。これは変えようがないし、当たり前のこと。
それなのに近くにいないからこそなのか、文面から伝わるその「年を取った」の感覚を両親に持つようになったことに未だに慣れない自分がいる。幼い頃から祖父母に向けていたこの感覚を両親に持つことになるなんてとすらまだ思ってる。
今日明日なにかあるわけではないし、幸い大病してない2人であるもののふいに送られてくる日常で時間は刻々と進んでいて自分も、そして両親もの歳を自覚する。
はちゃめちゃに心配かけてきたしそれには及ばないかもしれないけれど、普通に心配する歳になったんだとしみじみ噛みしめる。
シャカリキに働いてるわたしですらここ連日の猛暑で体調やられてたのと、あちこちで警報のでるほどの天候の不安定さもきっとあるだろうけど。
もうそういう歳になったんだな〜。