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つれづれ雑記*もしも季節が人だったら、の話*
日本には四季があるから、とはよく聞く話だ。
季節があるのは別に日本に限ったことではないだろうけど、ことさらにそう言われることが多いのは、日本人が季節に敏感だから、なのかもしれない。
信じられないほど暑かった今年の夏もやっと退き、本格的な秋の気配が忍び寄ってきている。
そこで、ふと思ったのだけど。
秋は「忍び寄る」「深まる」と言う。「訪れる」とも。
反面、夏は「訪れた」り「深まった」り「忍び寄った」り、はしないような。
夏はどちらかと言うと、「やって来る」のじゃないかな。
逆に秋はあまり「やって来る」とは言わない。
夏は声もかけずに遠慮なくどーんと扉を開ける。まさに「やって来る」。
秋はそおっと扉をノックしてからそろそろと開けて、中をおずおずと覗き込む。
そして、それは春にも言える。
春もあまり正面切って、やって来ない印象がある。いつまでもグズグズと焦らしにかかり、そろそろと近づいてきてはまた、どこかに行ったりする。
まるで面倒くさい彼女(?)みたいに。
では冬はどうだろう。
冬は、四季の中で他の3つとは少し趣きが違っている。
春も夏も秋も、好き嫌いの多少はあるだろうが、その到来はとりあえず喜ばれている気がする。
翻って冬はどうかと言うと、ウィンタースポーツをされる方や、クリスマスとかお正月とかの年中行事が特にお好きな方、を除けば、気の毒だがあまり歓迎はされていないように思う。(だって寒いし)
その冬は、どんなふうにやってくるか。
考えるに、冬はノックなどと穏やかなことは絶対しない。
むしろ、こっちが帰ってきたら、いきなり「いる」みたいな。
うわ、いつ来たん?って。
*****
春から初夏へ移る頃。
ある夜、いきなりの豪雨、轟く雷鳴。
翌朝、雨に洗い流されたような青い空に湧く白い雲。
唐突に、賑やかな足音をドタドタと響かせ、ノックもなしに扉がバーンと開く。
誰?
「ハーイ。お待たせ。夏だよー」
あれ、と思って辺りを見回すと、春の姿はもうどこにもない。あらら、いつの間に。さっきまでいたのに。
あー、今年も春と名残りを惜しむ暇、なかったな。夏がいつもいきなり来るもんだから。
はいはい、とにかくいらっしゃい、夏。
なんだかんだ言って夏は楽しい。
開放的で、かつ刹那的。
「ほらぁ、アイスにかき氷。キンキンに冷えた生ビール。この時期でなきゃ味わえない冷たくて美味しいもの、いっぱいだよ」
「やっぱり、この季節の女の子たちはいいねえ。キラキラしてるよね」
「花火、いいねえ。ドーンと来てパッと散る。まさに夏の象徴だね」
やがて9月になって、半ばも過ぎて。
さすがにちょっとバテてくる。
どうしてまだこんなに暑いの。秋は? どこにいるの? そろそろだよね。
秋は夏のようにいきなりは来ない。
もう近くまできていて、何なら通りの向こうに立っているのに、こちらをチラチラ伺いながら、来ようか来るまいか、と立ち尽くしている。
何してんの。早くおいでよ。
「いや、だって、まだ夏がいるし」
別にいたって、いいだろうに。
「えー、でも、邪魔しちゃ悪いし」
あなたが来ないと夏はいつまでも出て行かないじゃん。
ほら、もうコオロギも鳴いてるし、彼岸花も咲いてるよ。早く入ってきたら?
「そうお?」
と、玄関の戸をおずおずとノックして。
扉をそっと開けて中を覗いて入りかけて、
「あ、でも、まだ」
あー、もう。
その様子に、夏が腰を上げる。
「あー、いいよ。秋、入りな。じゃないと、秋が短くなるだろ。冬は情け容赦ないからねえ」
「そう? じゃあ…」
「おう。それじゃまたね」
夏は来たときとは違ってゆっくりと立ち去る。なので夏とはいつも名残りを惜しめる。
夏との別れは少々寂しくはあったが、やはり涼しくなるとホッとする。
ほーい、いらっしゃい、秋。待ってたよ。
秋は空気が澄んで空も月も星もきれいだ。よく眠れるし、寝起きも悪くない。
食べ物も美味しいものがいっぱい。夜が長くなって、心もしっとり落ち着くし。
あー、いい気分だ。これで遊び過ぎた夏の疲れも癒せるだろう。ちょっとのんびりしよう。
そんなある日、帰宅すると秋がいない。
どこ行ったんだろ。
あれ? 部屋の真ん中に誰かいる。
えっ、冬? もう? もう来たの? て言うか、秋は?
「追い出した」
えー、それはちょっとひどくない?
「グズグズと面倒だったし。そもそも、とっとと夏と交代しないから、秋が短くなったんだろ」
それはそうかもだけども。
あーあ。秋、泣きながら出てったんじゃなかろうか。見送ってやりたかったなあ。
こいつ、ちょっと冷た過ぎないか。まあ、冬なんだから当たり前か。
うわ、これから数ヶ月、こいつと一緒かぁ。
少々うんざりもするが、それでも冬だからこそのお楽しみもある。
楽しい季節イベントもあるし、何より、温かい食べ物飲み物が美味しい。鍋におでん。それからホットココアにおぜんざいも。
しかし、それにしても毎日寒いな。年々地球温暖化と言われつつも、気候がずいぶん乱暴になって、突然の寒波や大雪に襲われることが増えた気がする。
寒さならではの楽しみも飽きてきたし。もうぼちぼち、よくない?
早く春、来ないかな。
こんなことを口に出して言うと、冬がすねるからこっそりと願う。
あ、なんか春の気配、というか、匂いがする気がする。
って、あそこに来てるじゃん。どうして入ってこないのよ。
「だって、まだ冬がいるし」
なんか秋もそんなこと言ってたな。だから、そんなの別にいいじゃん。入っておいでよ。
「だって、冬、怖いし」
……「はぁ、なんか言ったか?」
だから、そんなドス効かさないで。ほら、春がビビってどっか行っちゃったじゃないよ。やっとそこまで来てたのに。
冬は鼻を鳴らしてソッポを向く。あーもう、面倒くさいのはどっちだ。
それでも春には早く来て欲しいから、毎日冬を宥めすかしおだて倒す。
名残り惜しいけどこれも自然の摂理だからね。また来年必ず来てね。待ってるよ。
「仕方ねえな。じゃあ、また来年来てやるよ」
やっと腰を上げかけては、まだグズグズしている冬を何とか理由をつけて、やっと外へ出す。
その背後で春に向かってこっそり手招き。
春はまだモタモタしていたけれど、ようやく中へ入ってきた。
「久しぶり。来ちゃった」
はいはい。待ちかねたよー。って、みんなが待ち侘びてたこと、絶対知ってたよね、春。
なんていうか、小悪魔、あざといよねえ。
まあ、とにかく、いらっしゃい。
あー、それにしても、やっぱりあったかいのはいいなあ。
冬の間の身体の強張りが溶けていくよう。
出来るだけ、長くいてね、春。
「うん、わかったー」
……そんなこと言って。またどうせ、こそっといなくなるんだよね、キミは。
*****
近頃は年々季節の移り変わりがずいぶん乱暴になって、程よい気候の期間が昔よりも短くなっている気がします。
やっと過ごしやすい気候になったのですから、今年こそ、もう少しこの気候を楽しみたいものです。
季節にもし人格があったら、こんな感じじゃないかな、なんて、妄想してしまいました。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。