つれづれ雑記*病室でワンマンショー、の話*
悪夢とまでは言わないが何だかわけのわからない夢、から覚めて目を開ける。
ぼんやりと眺めるトラバーチン模様の『見知らぬ、天井』から、上部1メートルくらいが網状になった薄橙色のカーテンが下がっている。
空調の音が響く。遠くから断続的に聞こえてくるブザー音は、ステーションでナースコールが鳴っているのかな。
レースのカーテンだけが引かれた北向きの窓がうっすら明るくなってきている。そろそろ夜明けのようだ。
そうだった。私は少し前に入院したんだっけ。
入院するのは、出産によるものを除くと4回目になる。
もちろん、その都度、理由も病院も違っているが、そうは言っても、病院は病院。入院中のルーティン、システムはどこも似たようなもの。
しかし、今回の入院ではなかなかに稀有な体験をした。いや、実はよくあることなのかもしれず、ただ、私が未体験だっただけかもしれないが。
**注
こんな書き方をしましたが、決して怪談ではありません。怖い話が苦手な方も安心してお読みください。(と言って感動ネタでもありませんが)
さて、私の入院予定は10日と少し。
入院して3日目に手術。その日はICU。
それから暫時、個室に入れてもらえて(初めて入ったので)ちょっとラッキー、このまま、数日置いてもらってもいいよ、と思ったけどそんなはずもなく、翌日には4人用の一般病室に移った。
その病室は手術前に私がいた病室ではなく、ナースステーションから割と近い場所にあり、そして、嬉しいことに私のベッドは待望の窓際だった。南でなく北向きなので残念ながら月は見えなかったけど。
前の病室のときは満室だったが、私と同年輩かもう少し若い人ばかりのようで、とても静かだった。というか、これが普通なのだろう。
新しい病室の住人は私を含め、3人。つまりベッドはひとつは空いている。
ナースステーションが近いということもあるのか、私以外のお2人はだいぶご年輩の方のようだ。
さて、ここに入った初日の夕方。
お向かいのベッドから、何かボソボソと話し声がする。どうも独り言らしい。
まあ、ある程度の年齢の方々は独り言が増える。(義母もそうだったし)
あまり気にせずにいると、突然、独り言が歌になった。
一曲終わると、次。そして、また次。
大声ではないが、決して小声ではない。普通に話をしているくらいの声。
歌も、年齢からしてよくある昭和歌謡曲、だけではなく、昭和から平成にまでも及ぶ、時代劇の主題歌、アニメ、アイドル、NHKみんなのうたシリーズから、往年のフォークソングまで。
何だ何事だと、頭が追いつかない一方で、そのレパートリーの広さにちょっと驚いたり、する。
リサイタルは断続的に続き、この段階でも結構モヤモヤ(イライラ)してはいたのだが、信じられないことにその日はナイトライブまであった。
私も手術後2日で疲れていたらしく、それでも途切れ途切れに眠っていたようだが、ワンマンライブで目が覚めるたびたびに時計を見ると、だいたい23時前後と夜中過ぎの2時前後にメインのプログラム(?)があったらしい。(今思うと、それぞれのプログラムは20分足らず、だったのだろうか)
ぼんやりモヤモヤ(イライラ?)した頭で聴いて(聴かされて)いたのは、「エイトマン」「プレイバックPart2」「さらば青春」「乙女座宮」「魔法使いサリー」「あわてんぼうのサンタクロース」「秘密のアッコちゃん」etc、etc…。
なぁにが、「勝手にしや〜がれ〜」だあー。
だぁれが、「バカにしないでよ〜」だあー。
こっちが言いたいわー。
手術後で身体も頭も神経もなかなかに参っていたのに、このときに叫び出さなかった自分を褒めてやりたい。(いや、むしろ参っていたから出来なかった、のかもしれない)
いやいや、ナースコールすればすむ話でしょ、と言わないでいただきたい。
そりゃそうだ。後から考えたら至極当然。
ただ、なぜかそのときは全くそれに思いが及ばなかったのだ。(それって、自分のせいじゃん)
何より、こんな状態でこんな状況になっている自分に、何だか笑えてきたりして。
寝たか寝てないかよくわからない、ボーっとした頭のまま、翌朝、採血や血圧体温測定に来られた看護師さんに早速相談した。
看護師さんは、申し訳なさそうな顔で謝罪され、次に同じことがあったらすぐコールしてくださいね、ステーションでも周知してよく見回るようにします、と言われた。そして、後から来たときに小声でまた何か歌っているお向かいさんに、優しく「ここは大部屋だからねー」と注意されていた。おそらくだが、(お読みの皆様もお察しと思うが)ほんの少し認知機能に問題が出かかっている?そんな感じなのかな。
私はしみじみ、昨夜叫び出さなくてよかった、と思った。
そして、その日の夜は危惧していたナイトライブは無かった。
前夜に張り切り過ぎて疲れたのか、爆睡されていたようだった。それからは、昼間には断続的に歌っているが、夜遅くには歌っていない。ひょっとして、あの晩がレアケースだったのかな。何か神経に触るようなことがあって昼夜逆転していたのかも、しれない。
そして、昼間のワンマンショーについては、人間てホント慣れる生き物なのだ、あまり気にならなくなっている自分に気づく。
というか、だいぶ身体が回復してきて本を読んだりラジオを聞いたりできるようになったせいもあるかもしれない。(そもそも本を読んでいるときの私は、あまり周囲の音は聞こえていない)
目も耳も空いているときに流れてくる歌をぼんやり聴いていると、改めてそのバラエティーの豊富さに驚き、そして、それだけの歌の歌詞をそらで覚えていることにびっくりした。
どれだけ覚えてるんだろう。暇にまかせてこっそりノートにメモしてみた。
詳細は書かないが、私がわかるだけでアニメソング10曲を含め34曲。
中でも「Love Somebody」(踊る大捜査線「レンボーブリッジを封鎖せよ」でしたっけ)がお気に入りで、よく登場する。どうやら織田裕二さんがお好きらしい。江口洋介さんもお好きだそうだから、結構面食い。もしかして、湘南爆走族が好き? 意外とちょいワル好きかー、などと妄想する。
この他にも、天地真理さんの「虹の向こうへ」の途中で必ず「マーリチャーン」の掛け声を忘れないところとか、「明日は注射があるからね」と看護師さんに言われ「えー、注射、嫌やなぁ」とひとりごちた後ですかさず「ドナドナ」を口ずさむところとか、「妖怪人間ベムベラベロ」のときに「何かようかい、用ちゃうわ、何言うてんの」などのひとりツッコミが入るところなど注目点は枚挙に暇がないが、個人情報(?)のこともある、このへんにしておこう。
……あー、すっきりした。
あ、そうだ。
どなたか、不思議に思われた方はおられないだろうか。なぜ、病室のもうひとりの患者さんは何も言わないのか、って。
もちろん、看護師さんに聞いてみた。
そのお方は身体はわりとシャンシャンしているが、少し耳がお悪いらしい。
それに加えて、私みたいに神経質(?)じゃくて、なかなかに鷹揚な方、なのかもしれない。
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この数日後、無事に退院して現在、生活はほぼ通常運転に戻りつつあります。ご心配いただきました皆様、ありがとうございました。
久しぶりに入院して改めて思ったことは、医師、看護師、その他医療従事者の方々って、やっぱりすごいなぁ、ということ。
身体が弱ると心も頭も気持ちも弱る。些か面倒くさい(私も含めて)ことにもなる。
そんな患者さんたちを相手に、いつも明るく穏やかに、なだめ、おだて、いなし(?)業務をこなしていく。本当に頭が下がる。
あの感染症騒動のときも、そうだった。
医療看護介護に携わる全ての皆々様、毎日お疲れ様でございます。
本当にいつもありがとうございます。
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3年前の4月、それまで書いていたシンガポールの思い出記事「遥かなる星の国」の後続に、この「つれづれ雑記」を書き始めました。
3年と半年が過ぎ、この投稿で「つれづれ雑記」100本目となりました。
お読みいただいた皆様のおかげと、深く御礼申し上げます。
2週間の休み明けの投稿が奇しくも100本目。
気持ちも新たに書いてみたいと思います。
これからも、よろしければまた、読んでやってくださいませ。