いつかどこかで
大人が、嫌い。そう、大人が嫌いなんだ。
人に言わせれば中二病、それかピーターパン症候群もどき、みたいな。または思春期によくある、みたいな。そんな感じなのかもしれないが。
理由なんて聞かれたって説明できない。世間の言う説明なんて言うのは、数字やデータを並べないといけないのだもの。大人を嫌いなことに関して、そんなものは用意できない。「客観的」っていうのかな。大人は好きだよね。「客観的」。だから大人がよく嘘をつくこと、理不尽に怒ること、子どもを小さな大人だと思って、同じルールで縛りつけようとすることなんかを言ったって、大人は決まってこう言うのだろう。
「それはあなたの、利己的な考えでしょう。具体例を挙げて、皆が分かるように説明しなさい。」
子どもはいつもうんざりしてしまう。この人だってこの時には、所詮自分が分からないからそう言っているだけなのだ。みんなが分かるように、なんていいながら、自分が分かることしか考えていない。でも世の中にはそれが正義、正論みたいに映る。
わたしたちは自分の気持ちに、いちばん近い言葉を着せて送り出す。それが届かないのなら、それまででいいのに。無理に分かろうとしなくていいのに。全員に分かるようになんて噛み砕いていたら、どれも同じようなものになってしまうのに。
つまり大抵の大人とはそういうものなのだ。自分が分からないと気がすまない。だから無粋なまねをする。そしてそれも、平等やら分かち合いやらというもっともらしい言葉で塗りつぶして、世間を染め上げるのだ。そうでない人はそうそういない。中でも自分はちゃんとしているだとか人に堂々と言い出す奴は、絶対違う。
結論。大人なんてみんな嫌い。
だから将来も、絶望的。
寒気がする。こうしているうちにもわたしはどんどん大人に近づいていく。アタマはどんどん硬くなっていく。あぁ、寒気がする。柔らかでふわふわととろけるような、温かく湿った脳みそは、だんだんと、冷えて固くなった重たい石ころみたいに、どれも同じになっていく。一秒。また一秒。一歩。また一歩。悪寒がひどい。こんなにずらずらと意見を言うようになった時点でも、わたしは少し大人になっているのかもしれない。十七歳とはいえ、わたしも歳を重ねたのだ。そのうちこの嫌悪感も、若気の至りとして笑い話にする日が来るのだろう。
なんだか嫌だ。昔の自分の真剣な気持ちを、自分で笑い飛ばす日が来るなんて。
「大人になるって、耐えられない。」
廃れた個人学習塾の窓の外、埃のように気持ち悪く濁った雲から、粉砂糖のような雪がはらはらと落ちてくる。そのうち街中を真っ白にするだろうか。あぁ、社会を象徴してるみたいだわ、なんてなんとなく眺めながら、そろそろ終わる授業時間を待ちわびて、シャーペンと課題を持て余して頬杖を付いていたわたし。その後ろ頭に妙に心地の良い声が降ってきた。
「十七歳なんて、まだまだ子どもだよ。」
そう言って、鼻先だけで笑う。これはこいつの癖だ。
鳴宮。冬期講習中、私の授業がいつもと違う曜日に移動になっているこの期間だけわたしの担当講師をしている。会うのは今日の授業で数回目だが、わたしたちはまぁまぁ話す仲になっていた。
名前は忘れたけど結構有名な大学の医大生で、このオンボロ塾にバイトに来ている。かなりのエリートのくせにこの男、そういう感じは全くしない。特別整った顔というわけでもないし、背も高いわけではないが、狐や猫を思わせる目に、その毛色のような、男のくせにふわふわとした茶髪。軽そう。悪い意味ではなく。冬の朝に吹く風のように軽そうだ。どこかつかめないような、少し変わり者のような。喰えないような雰囲気である。
「そういうセンセイは、今何歳でしたっけ。」
「二十三。でもまだ子ども子ども。」
「なんですかそれ。意味わかんない。」
「そう?」
軽く言いながら、寒そうじゃん。閉めなよ。とわたしの目の前の窓をするすると閉めた。鳴宮はべらべらずらずらとはしゃべらない。無理に伝えようとしない。無理に伝えさせようともしない。そういうところが、大人なのに、なんだか嫌いになれない。
悪寒は外の寒さのせいだけじゃない。と私は頭の中で文句を言う。
窓を閉めるとオンボロアパートの狭い塾はすぐに効きすぎた暖房のあったかい甘ったれた空気で包まれた。それはまるでコタツに入ったようでなんだか気が抜ける。二十三でも子どもか。鳴宮のどこか不思議で計り知れない雰囲気で言われると、なぜだか納得してしまいそうだ。
「奏田さんは、大人が嫌い?」
窓のほうを向いて座っていたわたしは、ギシギシと軋む回転椅子を半円回して鳴宮の方に顔を向けた。その時わたしがどんな顔をしてたかは知らないが、鳴宮はまた笑った。心温まる笑顔なんてことはこれっぽっちもないのに、やはりなんだか気が抜けてしまう。親や学校の先生、テレビの政治家なんかからは感じられない何かが、鳴宮にはある。やはりどこか子どもらしさがあるのだろうか。鳴宮の脳みそはまだ温かく柔らかそうだ、なんてわたしは思った。
「大人だってだれでも、昔は子どもだったんだけどね。」
鳴宮は言葉を紡ぐ。
「みんなそれを忘れてる。」
「『子ども』、も『大人』、も人が勝手に作った枠に過ぎないですけどね。」
わたしは独りで愚痴のように呟いた。持論とは矛盾するのに、なぜか自然と零れてきた。小さな小さな声でも鳴宮の耳には入ったらしく、彼はさっきと同じように笑った。でもそれがさっきと間違いなく違うことを、わたしは雰囲気で感じ取る。どこか上の空だ。
きっと鳴宮は今、わたしと同じところにいない。
「みんなそれも忘れてる。大事だよね。どっちも。」
いつも風のように飄々としている鳴宮が、なんだか少し違って見えた。
それは少し怖かった。向かい合ったわたしのむこうの、窓の外を見ているのか、それとも違うどこかを見ているのか。
鳴宮のまぶたとまぶたの細い隙間から見えるのは、眼球ではなくまんまるの惑星のような、そんな錯覚に襲われた。
鳴宮の世界がそこにある。そこから何が見えるのだろう。でも全て見るには、この短い冬期講習では足りない。今日で最後の冬期講習。時間が足りない。でもそれだけの時間があれば、わたしも鳴宮も、大人になってしまうかもしれない。そうしたら大人のわたしはこの気持ちを、それこそ若気の至りだとか、恋だとか言って、笑い飛ばしてしまうかもしれない。
一瞬のうちにいろんなことが浮かんできて、考えると、胸のあたりがぎゅっとする。
鳴宮は大人だ。間違いなく大人だ。それに見合う教養も、知識も、年齢も、落ち着きも、なにもかも揃っている。でも鳴宮には強制も、義務も、強欲も、理不尽さも固定観念も無く、その代わりに柔軟さや、遊び心、自由と責任感が備わっているようだった。
そうだ、鳴宮は普通と違う。
そう確信して、わたしは静かに息を飲んだ。
「晴れた。」
鳴宮が唐突に、我に返ったように呟いた。わたしもはっとして振り返る。頬の横を鳴宮の、ワイシャツを七分にまくった白い腕が伸びていき、がらりと窓を開けた。暖房に火照った頬に心地よい風が当たった。わたしは一瞬、眩しくて目を閉じる。透明な風でわたしの黒い髪がいたずらに乱れ、顔にかかった。手で払う。視界が開けた。
粉雪はどこまでも続く閑静な住宅街をシルクの布のようにうっすらと覆っていた。埃のような雲がゆらゆらと退きはじめ、垣間見えた空は冷たいほどに澄んだ青だった。
「綺麗な街。」
窓に手を付いたまま、わたしの横で鳴宮が呟いた。それだけで、別に特別好きじゃなかったこの街も、そこを通る人も、大人もたくさんいるのだけれど、そんなに悪くないように思えた。
鳴宮は不思議だ。
窓の外を眺めながら、そう思った。
授業の終わりを知らせる、掛け時計の安っぽいチャイム音でさえ、いつもとは少し違う気がした。
綺麗だ。でもほかの塾生も、講師も、ぽつぽつと道にいる街の人も、誰一人として、この、日常に潜むドラマに気付かない。横の鳴宮とは目は合わないし、根拠もないけれど、なんとなく少しだけ、鳴宮の世界が覗けた気がした。わたしはここを目指そう、と思った。暗闇が、少しほどけた。
「また話し相手になってあげるよ。」
隣にいるのに、妙に遠くからのように、鳴宮の声が耳に溶ける。
長い付き合いでもないのに、ずっと前からいるような。それでいて、やっと見つけたような。
今日で最後の冬期講習。わたしと鳴宮は、これからは来る曜日が違う。もう会わないのを分かっているくせに、鳴宮は言った。
そうだ、もう会わないだろう。そう思ったけど、これからもこの曜日には鳴宮がここにいる、いや、いつでも地面の続きに鳴宮という大人がいると思うと、わたしは少しだけ、案外世の中悪くないな、と思えるようで、ちょっぴり頬が緩んだ。
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