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村山由佳さんのPRIZEを読んで
作家の凄まじい執念とプライドを描き切った作品だと思った。直木賞をどうしても獲りたいライトノベル出身の女性人気作家、天羽カインを主人公として、彼女の視点の他に、担当編集の緒沢とオール讀物編集長の石田の多視点で物語は進んでいく。信頼関係を築きながらも、天羽との距離感があまりにも近くなりすぎて、周囲から苦言を呈される担当編集の緒沢との関係を主軸に、最高の作品を作り上げようとする狂気を感じた。
私も小説書きのはしくれである。直木賞など恐れ多いと思いながらも、心の奥底では、いつか自分もその土俵に上がれたらという憧れを否定できない。だからこそ、この小説に強く惹かれたのだろう。同じプロのエンタメ作家志望だけでも、全国に一万人はいるはずだ。大手出版社の公募への応募数から雑に計算したアクティブな人だけの予想だが、潜在的な志望者はそれ以上かもしれない。プロ作家に憧れる多くの人が、この作品を手にしたのではないだろうか。
「肥大した自意識をだらだらと書き連ねてネット上に公開するだけで、たちまちプロフィール欄に〈作家〉と書き込んで恥じない連中がざらにいるのだ。」
この序盤の一文に、胸を刺されるような気持ちになった。私は堂々と作家を名乗っているわけではないが、自分のことを作家だと思っている。プロ作家ではないが、作品制作が自分の生活の中心だ。作家として極めてプライドの高い天羽だからこそ、許せないことがあるのだろうと思った。だからこそ、プロでなければ作家を名乗る資格はないと厳しく叱責されたような気がした。作中では、プロ作家としての厳しい生き様が余すことなく表現されている。
天羽は他人に対しても自分に対しても徹底的に厳しい。物語の終盤も、その厳しさがブレることなく貫かれている。あまりに他人に厳しく、よもやハラスメント気質の天羽が怖すぎるのだが、この主人公の行く末を見守りたく、読む手は止まらなかった。
担当編集の緒沢との交流については、ここまで作家と編集者は密な関係になることがあるのか? と恐ろしい気持ちがした。しかしこれはフィクションだから、と我に返りつつ、どこまでリアルに寄せているのだろうと気になった。また、小説出版業界の裏側(初版の発行部数、作家として食べていくための水準、本ができるまでの工程、書店とのやりとりなど)についても細やかな描写があり、お仕事小説として知識欲が満たされる面もあった。
全体として、「怖い」という感情に振り回されながら読了した作品だった。作家の天羽も担当編集の緒沢も怖い。怖いの色も何色もあって、何が怖かったというとそれだけでネタバレになりそうな気がして語るのも憚られる。一言で言えば、執念。天羽も緒沢もそれぞれのプロ意識の中で、最高の作品を作るために鬼気迫っていくのだ。小説という表現芸術を通じた作り手側の誇りが織りなす人間ドラマに、ハラハラドキドキしっぱなしだった。色鮮やかな感情表現に、これぞ小説の醍醐味という満足度を与えてくれる。
また小説の書き手として、非常に勉強になるシーンもあった。物語の鍵を握る作品の校正段階において、「書きすぎていないか」問題について触れられている。作者が説明しすぎず、あえて書かない方が読者に想像の余地を残し、作品としてより完成度が高いものになる、という話である。私もこの点については、プロの講評サービスでも指摘されたことがあり、やはり「書きすぎない」ことは大事なのだと唸った。詳しくは本作を読んでいただきたい。
優れた作品は、やはりキャラクターが生きている。生々しいくらいに、そこにありありと存在し、読者の心に波紋を広げる。主人公の天羽は最後まで嫌な奴ではあったけれども、芯の通ったプライドの権化であり、清々しさがあった。何より作家としてどう生きるかについても問いを投げかけるような、小説業界を盛り上げてくれるような作品であったと思う。果たして、自分はどんな人間を描写したいのか、表現したいのか、丁寧に自分に問いたい。そして、自分が納得できる作品を一つ一つ真摯に取り組んでいきたいと思った。
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